オートデスクと大和ハウス工業の新たなイノベーション戦略 Vol. 1
2022年12月17日

オートデスクと共に創る大和ハウス工業の新たなイノベーション戦略 ~新たな戦略的パートナーシップによる BIM のその先へ~ Vol. 1


大和ハウス工業の創業者である石橋信夫氏は卓越したイノベーターであったといえます。奈良の山守(林業従事者)を生家とする石橋氏が、鉄のパイプに着目し、パイプハウスという全く新しい考えに基づく技術を創出したのが、会社の原点です。それから大和ハウス工業は、イノベーターとしての頭角を現し、プレハブ住宅や、土地活用の LOC システムなど、それまでに存在しなかった新しい概念を次々と産み出していきました。今や売上高 4 兆円を超えて、建設業界では日本一の企業となりましたが、それでもイノベーターとしての挑戦の手を緩めず、2055 年の創業 100 周年の節目にグループ全体で、売上高 10 兆円企業になることを目指して、常に新しい挑戦を続けています。

この新しい挑戦の一つが、BIM だといえます。大和ハウス工業は、2017 年に全社を挙げて本格的に BIM に取り組み始め、この 5 年間で建築系の設計はすでに完全に BIM 移行を実現しました。

この大和ハウス工業が、BIM のその先で目指すものはなにか?今回、大和ハウス工業の BIM を先導してこられた南川上席執行役員と河野上席執行役員、そして共にこれを進めてきた米国 Autodesk 社よりカスタマーエンゲージメントのあらゆる側面を担当するグローバル部門の最高責任者であるエリザベスさんと、オートデスク(日本法人)アカウント営業本部 シニアマネージャーの稲岡さんに、MOU(戦略的パートナーシップに関する覚書)をベースに両社がこれまでに取り組んできた内容や、今回更新された MOU 3.0 による新たなイノベーション戦略について、お話を伺いました。

今回の取材を通して、大和ハウス工業が建設業界において、売上高だけでなく、BIM やその先の技術においても、日本の No. 1 BIM 企業であることを改めて確信しました。この日本を代表する BIM 企業である大和ハウス工業が描く、ワクワクするような建設業界の未来像と、その戦略実現を支え、グローバル市場に BIM 体制を構築してきたオートデスクとのパートナーシップについて、2 回に分けてお伝えしたいと思います。

(聞き手:株式会社 BIM プロセスイノベーション 伊藤久晴)

※以下、敬称略

 

― 大和ハウス工業が、会社の設立当初から大事にしている価値観の一つに、イノベーター精神があると思いますが、それは BIM やその先の技術への取り組みにどのように繋がっているでしょうか?

<大和ハウス工業で BIM を牽引する河野上席執行役員(左)と南川上席執行役員(右)>

河野】?かつてのトップが残した「これでよいのか」という問いかけはずっと生き続けていて、イノベーション・改革・変革といったマインドを当社は常に持ち続けている会社だと思います。その中で BIM がスタートして、まず南川が建築系部門を中心に全社へ広めました。私が担当するデジタルコンストラクションも、昨年、社長の芳井が 「今年は変革の年」と周知されたことが、さらなる大きなきっかけとなり、活動が本格化してきました。我々の取り組みが働き方を“改善する”のではなく、“改革する”のだという明確なメッセージを全社員に伝えることができたと思います。

【南川】 これまでの当社の取り組みがイノベーターであったかどうかという点は、明確に意識していたわけではありませんが、会社としてこのような形で BIM に取り組むことができたというのは、創業以来のそういった風土があったからだと思います。5 年前に BIM 推進室が発足した当時は、2D から 3D に置き換えた先にそれをどう使っていくか、あまり具体的に見えていませんでしたが、これは必ず会社の将来につながると信じて取り組んできました。今は明確なビジョンを示せるし、それがなかったらマインド・チェンジも起こりえないと感じています。

【稲岡】 BIM 元年は十数年前に遡ります。当社が買収した会社の Revit?という製品をプロモーションする意味でも、当時は BIM だ!Revit だ!と言っていたことを思い出します。南川上席執行役員の言葉をお借りするなら、当時はまだ明確なビジョンというものはなく、とりあえず 3 次元!3D にすることで様々な活用シーンがあると。それでも、当時から Revit はエンジニアリングツールだと言われていて、BIM の 「I」、「Information」のデジタル化、その可能性をよく議論したものです。デジタル化の先に関して、当時 Revit User Group を率いていた伊藤さん(インタビューワー)とで話した事がなつかしく思い出されます。それからしばらくして、文字通り BIM を推進していく組織である BIM 推進室が設立され、BIM 推進部へ発展し、建設 DX 推進部へつながる中で、図面を BIM 化し、エンジニアリングデータを集めてきたことが、結果的に BIM の先を創造するデータドリブン、データセントリックな世界観に自然とつながっています。世の中にデジタルトランスフォーメーションという言葉が広まるにつれ、いろいろなピースが合ってきたような感があります。

【南川】 まさにそうだと思います。稲岡さんが言われたピース、会社ごとにピースは異なると思うのですが、ピースだから、同じではないがどこかで合う、つながる。「データの共有」に尽きるのですが、それがすごいと思います。

 

― 世の中にないものを作り出すイノベーターとしての取り組みは、売上高 10 兆円企業を目指す大和ハウス工業にとって、どのような位置を占めますか?

【河野】 今までのイノベーションは、会社の歴史で言えば営業主導と言えると思います。パイプハウスにしても、LOC システムにしても、技術が下支えをしているものの、営業が主体で、仕組みを作り上げるところが素晴らしく、なかなか技術面にスポットライトは当たってきませんでした。しかし BIM が登場し、デジタル・DX と進む中で、ようやく技術によるイノベーション、改革を進めていくきっかけができたように思います。それを実現できるデータを技術基盤として整備していくことで、技術が先導して会社を変えていく、ビジネスを変えていく、大きなチャンスだと思っています。

【伊藤】これまで営業主導のイノベーションで成長を続けてきた大和ハウス工業が、技術主導のイノベーションとして BIM・デジタル・DX に取り組むという、新たな取り組みであるという点に共感しました。これからの時代は、単独のソリューションで大きな成果を出すのは難しく、設計・施工のプロセスを変え、情報を統合・デジタル化することで、DX を実現するという方向性を、技術部門が自ら打ち出しているということは、素晴らしいことだと思います。

 

― 大和ハウス工業の BIM が 2017 年にスタートして以来、現在では建築系設計部門は完全に BIM に移行したと伺いました。5 年間でそこまで達成できる会社は多くないと思います。設計 BIM 100% を実現するために、ご苦労された点などお聞かせください。

<これまでの 5 年間の BIM の取り組み>

【南川】 いろんなことはありましたが、この 5 年を思い返せば苦労と言うよりも、取り組んできて良かったという思いが勝っています。トップダウンで指示があったとは言え、会社全体の総意で BIM に取り組んでいたというわけではないので、いろんな意見があったことは事実です。最終的に結果として見せていかねばならない中で、オートデスクには様々な支援を頂きました。5 年間、当社だけの知識と組織、または他のパートナーと組んでいたら、ここまで辿り着けなかったと思います。特に BIM は欧米がリードしてきたのは事実ですから、シンガポールを皮切りに、アメリカ、ヨーロッパの先端企業だけでなく、オートデスクのアメリカの拠点にも何度も足を運び、グローバルのトップランナーにまずは追いつけ、そして追い越せとグローバルのトレンドを勉強する橋渡しを、オートデスクが全力で支援してくれたことが現在につながっていると思います。

 

― この 5 年間の取り組みの中で、オートデスクはどのようなサポートをされてきたのでしょうか?

<Autodesk, Inc.のエリザベスさん(左)、

オートデスク株式会社の富山さん(カスタマーサクセスマネージャー)(中)、稲岡さん(右)>

【稲岡】 当社は元々ソフトウェアを開発し、販売するベンダーでしたが、企業がイノベーションを引き起こし、ディスラプションを乗り越えていくためには、ソフトウェアを単純にお渡しするだけではなく、お客様のゴールを共に考え、プロセスに着目し、全体最適を念頭に置きながら部分最適を実行していくことが重要と考えています。プロセス、ワークフロー、データフローをお客様と一緒に考えつつ、その中で当社製品の位置づけを考えてきたわけです。Revit を実際のワークフローでどのように使っていくのかに踏み込んで、当社製品だけで完結することにはこだわらず、お客様の成功を一緒に考えることが出来る同志を集め、例えば応用技術と Revit の周辺環境整備に関してマッチングさせて頂くなど、BIM に関しては我々が「相談相手」と思って頂けるように努めてきました。共に「本気」で議論を繰り返してきたことが、この 5 年間の成果に繋がっていると思います。

【伊藤】 なるほど、オートデスクは、単なるソフトウェアベンダーではなく、大和ハウス工業のパートナーとして、様々な情報、技術やアイデアの提供という面で、大和ハウス工業を支え続けてきたという事ですね。大和ハウス工業が、ツールとしての Revit の活用に留まらず、あるべき BIM プロセスの実現のために、ISO 19650(設計施工段階の情報マネジメントプロセス)の認証を、日本で初めて取得されたのも、このような経緯があったからだということなのでしょう。

 

― 建築系設計では実施設計 900 件/年、企画設計 4,000 件/年という、膨大な情報が、共通データ環境(Autodesk の BIM 360)に蓄積されていると伺いました。数年後には、何万件もの物件情報が蓄積されることになりますが、全社員が全物件を共通データ環境に入れることができるようになるまでのご苦労と、これらのデータ活用の方向性についてお聞かせください。

<すべての物件の設計 BIM モデルが保管されている共通データ環境>

【南川】 設計のすべての物件を BIM で行うということ、そのデータをすべて共通データ環境に入れるということは、私からのトップダウンです。「必ず実施率 100% を達成せよ」という指示に対し、どうすればそれができるか、みんなで話し合って進めることで、ようやく実現できました。これはとても大変なことですが、それこそ我々のビジョンに繋がるものです。それができることで、完全 BIM 移行のその先にある、生産性向上・品質の向上・コストの削減に繋がり、結果的に自分たちも楽になることを訴え続けることが大切だと思います。

登録されたデータは、すべて同じ高い品質のモデルかと言われると、現時点ではそうではありません。しかし、情報を蓄えることができなければ、我々が目指す方向には繋がりません。これらのデータの活用方法についても現在検討を進めていて、ある程度目途はついてきています。

【エリザベス】 インフラの側面から言えば、クラウドには「弾力性」があることがメリットです。ビジネスの拡大に伴い、データそのものも増え、データに対するニーズも増えていきます。そうした状況にクラウドは容易に応えることができるのです。データは「新しい通貨」と捉えることもできます。増え続けるデータを CDE モデル(共通データ環境)の中で、必要なデータにアクセス可能にすることで、より幅広くデータを活用していくためのイノベーティブなアイデア、新しいワークフローを実現することができます。より効率良くステークホルダーがコラボレーションできる、オートデスクとしてはそうした環境を、プラットフォームとして提供していくことを考えています。

【伊藤】 建築系設計 BIM の完全移行と、全物件の共通データ環境(BIM 360)への蓄積は、南川上席執行役員の強力なトップダウンによって実現できたということがよく分かりました。また、それはオートデスクとのパートナーシップによって、「新しい通貨」が企業の価値をいかにして高めていけるか、シナリオが見えてきたように思います。

 

― 大和ハウス工業は、2019 年からデジタルコンストラクションという取り組みを開始されておられます。遠隔監視などについても取り組まれていると聞いておりますが、御社のデジタルコンストラクションについて、その取り組みをご説明ください。

<大和ハウス工業のデジタルコンストラクションのイメージ>

【河野】 施工の段階でも、しっかりデータを蓄積していくことを念頭に取り組んでいます。働き方改革の一環として、遠隔監視では SCC(スマートコントロールセンター)に蓄積されたデータで、住宅の建設現場における工事管理を分析するところからスタートしました。その結果、移動時間が無駄ではないか、わざわざ車で移動して現場に行く必要がないのではと気づきました。更に映像データを蓄積して AI を用いた分析をする取り組みも進めているところです。

先ほど、設計情報の共通データ環境への蓄積という話もありましたが、この絵で示したように、そのデータがメビウスループのように、設計から施工に繋がり、さらに施工でもデータが蓄積され、蓄積されたデータが再活用されていくことが重要だと考えています。

【稲岡】 SCC のスタートは監視カメラで現場の映像を蓄積するものだったかもしれませんが、それはデジタルツインの卵と捉えることもできます。フィジカルなデータとバーチャルのデータが繋がることで、コマンドルーム実現へのステップとなります。設計がデジタル化されても、施工がデジタル化されなかったら、プロセスもデータもつながらないわけです。河野上席執行役員が設計から施工への繋がりと、施工におけるさらなるデータ蓄積をリードされていることは、とても重要だと思います。

 

― 河野様にお聞きしたいのですが、9 月にアメリカで開催された Autodesk University 2022 の基調講演 2 日目の冒頭、メインステージの壇上でお話しされた時のお気持ちは如何でしたか?

<Autodesk University 2022 の基調講演で壇上に上がった河野上席執行役員、稲岡さん、富山さん>

【河野】1 万人近い人が集まった大きな会場で発表出来たということは、とても貴重な経験でした。我々の次に登壇したトヨタ自動車とも、肩を並べたような形で壇上に上がる機会を作って頂いたことに、とても感謝しています。建設業界と自動車業界、もう垣根もなくなってきているかもしれませんが、我々もデジタル技術を使って、全世界へ事業の拡大をしていかなければならないという思いを強くしました。

 

― オートデスクが 1 年を通じて最も注目している企業の一つが、大和ハウス工業ということだと思います。この基調講演で、河野上席執行役員に壇上でお話し頂こうと思われた理由は何でしょうか?

【エリザベス】 大和ハウス工業が日本のマーケットで推進されているイノベーションは、業界全体にとって非常に重要なものであると考えているからです。今回、大和ハウス工業を代表して河野上席執行役員にご登壇いただき、イノベーションを推進する立場として大切なポイントをコメントいただけたことは、とても素晴らしいと思いました。

【稲岡】 10 数年前にオートデスクに入った時、Autodesk University では、必ず欧米の企業がメインステージに上がって話していました。私には、なんとしても日本のお客様に、あのステージに立って頂きたいという思いがありました。そのステージに立っていただくお客様とは、会社レベルで戦略的パートナーシップを構築する、その関係性が必須だとも考えていました。それが成し遂げられたということが、私自身とても嬉しく思いました。十数年来のひとつの夢が実現した瞬間でした。

 

<Vol. 2 に続く>

 

■ インタビュー参加者の略歴

大和ハウス工業株式会社 上席執行役員 南川陽信氏

設計事務所勤務の後、1986 年大和ハウス工業に入社。事業所設計責任者、建築系設計推進部長を経て、2014 年 4 月に執行役員就任、2017 年より全社 BIM 推進担当役員、その後流通店舗事業本部副本部長を兼任し、事業部と本部が一体となった技術基盤構築を推進。設計で培った、新しいことを創造し組み立てるクリエイティブな手法を BIM・DX でも展開し、数年先の技術者が必要とする基盤作りを目指し、技術革新を進めています。

 

大和ハウス工業株式会社 上席執行役員 河野宏氏

1985 年大和ハウス工業に入社。 住宅施工推進部を経て、2014 年 4 月に執行役員就任。2019 年より社内の建設 DX「デジタルコンストラクションプロジェクト」を立上げ、「第 7 次中期経営計画」終了時の 2026 年度末には、建設プロセスのデジタル化により、生産性の 50% 向上を目標に活動中。将来を担う若い世代が「働きたい」「働きがいがある」業界を目指し、デジタルコンストラクションプロジェクトを通じて、その実現を目指しています。

 

Autodesk, Inc. CSO チーフ カスタマー オフィサー エリザベス・ゾーンズ氏

コンサルティング、カスタマーサクセス、パートナーサクセス、製品サポート、リニューアルを含む、カスタマーエンゲージメントのあらゆる側面を担当するグローバルチームを統括。顧客との新規契約開始からリニューアルに至るまで、カスタマーサクセスやサポート、プロフェッショナルサービス等を主導してきた豊富な経験を持ち、カスタマーカンパニーとしての考え方を体現してきました。エリザベス氏は、カスタマーエクスペリエンスとカスタマーサクセスに関する業界のオピニオンリーダーとして知られています。20 年以上のキャリアの中で、一貫して変わらないのは、顧客に対する情熱と、顧客のポジティブな体験が収益の成長につながると信じていることです。

 

オートデスク株式会社 稲岡俊浩氏

オートデスクでは 10 年以上建築、建設、土木、エンジニアリング業界に従事。現在はアカウント営業本部の副本部長で包括契約をリードしています。大和ハウス工業における日本の責任者。大和ハウス工業とは、BIM 推進が組織化される前から並走し、現在に至っています。

 

 

【執筆・インタビュアー】株式会社?BIM プロセスイノベーション 伊藤久晴

2021 年 3 月に大和ハウス工業株式会社を退職後、「BIM プロセスを改革しよう!」という強い信念で、株式会社 BIM プロセスイノベーションを設立。ISO19650 などを軸として、日本の BIM の普及と発展のために、地道に BIM コンサルティングの活動を行っています。

詳しくは、オートデスクのウェブサイトで。

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