人手不足に苦しむ建設業界では、生産性向上や省人化のため、BIM/CIMやドローン、ICT建機などの新技術が続々と導入されている。そこで最近、注目されているのが「建設ディレクター」という新職種だ。工事写真整理や書類作成、施工データの作成や処理などの情報処理的な業務を担当してくれるので、現場技術者は本来の品質管理や生産性向上など業務に専念できる。さらに残業時間も大幅に短縮されるのだ。
ITとコミュニケーション力で現場を支援する新職種
建設ディレクターとは、IT(情報技術)とコミュニケーションスキルで、建設業の現場実務を支援する新しい職種だ。これまで現場技術者が行ってきた業務のうち、工事写真の整理や書類の作成から、情報化施工に関するデータの作成や処理など、現場の事務作業や情報処理を一手に引き受ける。
建設ディレクターを採用してから、現場技術者の仕事が楽になったという建設会社は数多い。
例えば、「3Dレーザースキャナーやドローンなどで計測した点群データの処理を任せている」(長崎市の武藤建設)、「書類作成などの業務が昼間に終わるので、現場事務所では18時までにほとんど人が帰宅できるようになった」(佐賀市の西九州道路)などの声が続々と寄せられている。
その結果、現場技術者は”帰社後のデスクワーク”から解放され、品質管理や技術力研鑽や継承など、本来の業務に集中できるようになる。そして長時間労働からも解放されるのだ。
建設ディレクターを育成するのは、2017年に設立された一般社団法人 建設ディレクター協会(本部:京都市上京区)だ。コロナ禍によって現場でも三密防止が叫ばれ始めた2020年から本格的に活動を始め、2022年11月現在では、日本全国の現場で800人以上の建設ディレクターが活躍している。
建設ディレクター協会の理事長を務める新井恭子氏は「経営と現場、バックオフィスをつなぐ組織になることを目指しています」と、その狙いを説明する。新井氏自身、20年以上にわたって様々な現場事務所で、施工管理のIT業務をサポートしてきた経験がある。建設ディレクターという職域は、その経験を踏まえて開発されたものだ。
現場の業務を理解し、技術者と連携
建設ディレクターは10~30代の若手が65%、女性が約70%を占めている。これまで建設業の現場にはあまりなじみのなかった人も多い。
そこで、現場技術者とのコミュニケーションを円滑にとりながら、スムーズに業務を行えるようになるため、事前に建設業や現場業務について48時間の「建設ディレクター育成講座」を受講するのだ。
「オンデマンド講習で理論的なことを学んだ後、オンラインの集合講習では演習形式で実践力を高めます」(新井氏)。
講習内容は、建設業界の動向や社会情勢といったマクロ的なものから、現場技術者が行う仕事の内容、施工管理の考え方、設計図書の見方、工事書類作成のポイントといった実務に密着した内容までをカバーしている。
受講費用は税込みで33万円だが、厚生労働省の助成金も利用できる。
●建設ディレクターの育成プログラム
【講座の科目内容】 ① 建設業マネジメントI、②建設概論、③施工管理、④工事書類、⑤積算、⑥電子納品、⑦建設IT活用、⑧建設業マネジメントII |
こうして、建設業や現場業務の基本的な知識を身に着けた建設ディレクターは、正社員やパートなどとして、建設現場の事務所などですぐに働ける。また、自宅からテレワークで現場業務を担うこともできるのだ。
現場技術者の書類業務の6割は他人に任せられる
とはいえ、現場技術者が担う書類業務は専門性が高く、建築・土木の出身者でないとなかなか務まらないと考える人は多い。特にベテラン技術者ほど、その考えは強いだろう。
そこで建設ディレクター協会は、現場技術者の業務を分析し、切り分けた。そして全国の建設会社30社の声をもとに現場技術者どんな業務が建設ディレクターと”シェア”できるのかを調査し、業務標準モデルを作成した。
その結果、高度な専門知識や判断力を必要とするため現場技術者自身でしかできない「コア業務」は40%にすぎず、残りの60%は建設ディレクターに任せられることがわかった。
建設ディレクターに任せられる仕事としては、安全書類や施工体制台帳の作成、図面修正、写真管理、出来形管理などが挙げられた。
「もちろん、業務の難易度によって、習熟が必要なものもあります。初めは自分以外の人に任せるのは難しいと考えていたベテラン技術者の人も、実際に建設ディレクターに少しずつ自分の業務を任せていくうちに、仕事が楽になったとチームで仕事するメリットに気づき、今ではすっかり考えが変わったという例もあります」と新井氏は語る。
TEAM SWITCHが現場業務を”再設定”
これまで長い間、属人的に行われてきた現場の施工管理業務は、「いつ、だれが、何を、どのように」するのかが明確になっていないこともしばしばだ。
施工管理の目的であるQ(品質)、C(原価)、D(工期)、S(安全)、E(環境)は同じであるにもかかわらず、現場所長によって使用する帳票の形式や管理方法が変わることも多い。
そのため、現場とオフィスの間が分断される。その結果、忙しい現場代理人は自分の仕事を他人にシェアできず、ますます忙しくなるという悪循環が生じる。
こうした100人100様の施工管理業務を整理して、建設ディレクターに任せられるように整理する作業を担うのが、建設ディレクター協会の「TEAM SWITCH」だ。
同サービスは、経営者や現場技術者にヒアリングを行って、現在の業務内容を精査して現状を分析。施工管理業務を個人単位でなく、チーム単位で行えるように業務の分担や責任体制を「可視化」して整理する。
そしてムダな業務や重複する業務をなくしたり、統合したりして業務を再設定する。この段階で、建設ディレクターに任せる業務やスケジュールを決定するのだ。
ディレクターの働き方を定着させるには、社内の協力体制が欠かせない。「TEAM SWITCH」では環境課題の解決として技術者への意識改革やデジタル環境の推進もプログラム化されている。
同協会では、現場技術者から建設ディレクターに業務を移管することを「業務を切り出す」と呼んでいる。業務を切り出せば切り出すほど、現場技術者の仕事は楽になり、本来の高度な知識やスキルを要する仕事に集中できるようなる。その分、生産性はどんどん上がっていくのだ。
現場技術者の業務が予想以上に軽減
2022年11月21日、東京・新木場で「現場を支援する建設ディレクターの効果と有効性」(主催:建設業振興基金、共催:建設ディレクター協会)という研修会が行われ、全国各地の建設会社10社などから、建設ディレクターの活躍ぶりが報告された。
その一部を紹介しよう。
人手不足を建設ディレクターによって解決した例としては、「施工管理者ではなく、建設ディレクターとして求人したところ、すぐに20代の女性社員が採用できた。工事写真の整理や民間工事の書類作成、書類整理などを担当してもらい、助かっている。職場に女性が増えたことで、新たに女性技術者2人を採用できた」(佐賀市の西九州道路)という報告があった。
「ベテラン社員の意識が変わり、仕事の一部を建設ディレクターに任せられるようになった。その結果、一か月の残業が半分に減った」(埼玉県の伊田テクノス)という声もある。
i-ConstructionやICT施工の推進例では、「建設ディレクター候補として3名新規採用し、育成講座を受講してもらい社内内製化を定着させた。ICT関連の業務を行ってもらっている。建築科出身の建設ディレクターは、3Dモデルの作成や3Dレーザースキャナーの使い方まで次々と仕事の範囲を広げている」(さいたま市のカタヤマ)、「現場業務へのモチベーションが高まり、ICT施工や土量計算、出来形管理までこなすまでになった」(鹿児島県霧島市の福地建設)という企業もある。
働く女性にとっても、建設ディレクターとしての働き方は好評のようだ。「建設ディレクターの仕事は、テレワークでもできるので、結婚や出産、配偶者の転勤があっても働き続けられる」(長崎市の武藤建設)、「現場や配偶者の転勤などで居住地が変わっても、『ポータブルなスキル』として、経験をいかしてどこでも働き続けられる」(札幌市の道路建設)という声も聞かれた。
そして、建設会社にとっても、業務の標準化という点でメリットがある。「建設ディレクターに仕事を任せられるようにするため、自然に業務の共通化やマニュアル化が進み、所長が変わってもだれもが同じやり方で業務を行えるようになった」(長崎市の武藤建設)という報告もあった。
IT化が進む建設業の新しい担い手に
建設業は今、IT化が急ピッチで進みつつあり、i-ConstructionやBIM/CIM、ドローン、クラウドなどのツールが続々と導入されつつある。
それに伴い、現場の仕事も、書類作成や施工用のデータ処理など、コンピューターやクラウドを駆使して室内で行う仕事が増えている。建設ディレクターの仕事は、こうした建設業のIT化とともに新たに生まれたものだ。
これまでの建設業は、いわゆる3Kのイメージが強かったため、最初は建設業界など眼中になかったという新卒者が、建設ディレクターという仕事の存在を知って就職したという例もある。
さらに高齢者や障害者、子育て・介護中の人など、現場への通勤が難しい人も、建設ディレクターの仕事なら、テレワーカーとしてどこでも働くことができる。
現状課題である技術者への負担軽減もさることながら、建設業の人手不足問題も解決する切り札として、建設ディレクターの活用を検討してみてはいかがだろうか。
【問い合わせ】
一般社団法人 建設ディレクター協会 |