Vectorworks教育シンポジウム2018のレポートを掲載
2018年11月12日

教育シンポジウム2018

CADと教育

「建設ITワールド」2018年10月16日掲載2018年8月22日(水)、東京・品川グランドホールでエーアンドエーはCAD教育などに携わる教職員らを対象に「Vectorworks教育シンポジウム2018」を開催した。第10回を迎えた今回、メインテーマは「CADと教育」という原点に立ち返って行われた。

エーアンドエー代表取締役社長の横田貴史氏は、開会のあいさつで今回のメインテーマにふれ「私の好きな言葉に『従流(じゅうりゅう)志(こころざし)不変(ふへん)』がある。時代の流れに沿いながらも当初の志を貫くという意味だ。学校でのCAD教育を支援する組織『OASIS』も同じ思いで運営したい。そこで、今回はCADがどのように教育にかかわっていくのかを原点に戻って考えたい」と語った。

今回は2つの特別講演が行われた。午前中は建築家の青木淳氏が「フラジャイル・コンセプト」という題でコンピューターとデザインの関係性について講演し、午後は日本工学院八王子専門学校副校長の山野大星氏が「新たな専門職教育とCAD」という題で講演した。今回は第10回という節目となるため、米国Vectorworks社のCEO、ビプラブ・サーカー(Biplab Sarkar)氏がスペシャルゲストとして参加し、講演やVectorworks Executive Prizeの授与を行った。

このほか、OASIS加盟校向け奨学金制度による学生の研究成果発表やOASIS加盟校の研究成果展示、エーアンドエーが今年度、加盟した一般社団法人 環境共生住宅推進協議会の会員を代表して西松建設の山岸雄一氏による講話も行われた。来場した約150人の教職員らは新学期を前に、CAD教育についての新たな知見に接し、密度の濃い1日を過ごしていた。

特別講演:青木淳建築計画事務所 青木 淳 氏

フラジャイル・コンセプト

私が建築の道に入ったのは今から40年ほど前、事務所を立ち上げたのは1991年で、そのころはまだ、建築設計は紙と鉛筆で行われるのが普通だった。初めてCADを使ったのは、97年ごろで、使用したソフトはVectorworksの前身であるMiniCADだった。奈良県の「御杖小学校」を設計するのに使った。

CADという言葉は“Computer Aided Design”の略である。今日は、CADをコンピューターでの製図というよりもっと広く、コンピューターをデザインを助ける道具として使う、あるいは捉えるという意味でお話しようと思う。

青木淳建築計画事務所 青木 淳 氏

まず紹介するのは、「雪のまちみらい館」という、雪の利用促進を目的に設立された財団の本部建物だ。

町役場に増築という形で実現したこの建物は「雪冷房システム」を備えている。建物の下に半地下式の雪室を設け、冬期に雪を蓄えておき、夏期に、その雪室に空気を通して冷却し、輻射冷房熱源として利用する仕組みだ。

この建物の平面形は雪だるまのように有機的な形をしている。コンピューターのモデリングとして開発された「メタボール」をヒントにしてデザインした。

雪のまちみらい館の外観。地下に雪室を備えている ©︎渡辺常二郎

「メタボール」は、バーチャル空間に水玉のような球体を用意し、近づくと合体したり反発したりする反応を、パラメーターを変えることで制御しながら有機的な形を作るモデリング手法だ。その結果、球形の膨らみや窪みが生じ、全体に歪んだ有機的な形が得られる。建物の平面形を決めるときに、この手法を援用した。その結果、雪だるまのようなふわっとした外観や内観を持つデザインができあがった。

これが、私のところで、コンピューターをもっとも直接的な形にデザインに利用した時期だと思う。

しかしそのときでも、「メタボール」が3次元の立体をつくる手法なのに、その利用は平面形に限定していた。技術的な理由もあったが、それ以上に、3次元のスタディは模型という、これもまた3次元のツールが有用だったからだ。実際の模型を作ったり壊したりしながら、形を詰めていった。

以来、コンピューター内のアルゴリズムで形を生成したり、デザインしようとしたことはない。とはいえ、コンピューターを利用することで、デザインのプロセスが変わっていき、後から考えると、コンピューターがあることで、はじめて可能なデザイン手法になっていたことに気づくことがある。

メタボールをデザインの原形に活用した「雪のまちみらい館」の平面図 ©︎Jun Aoki & Associates

その1つが、98年から現在まで国内外でデザインを手がけているルイ・ヴィトンの店舗のような、外装の設計に見られる。

ルイ・ヴィトンの店舗のための最初の仕事は、98年のデザインコンペで設計者に選ばれた「ルイ・ヴィトン名古屋栄店」だ。この建物の外壁はダブルスキンでできている。表側のガラスには透明とこげ茶色の市松模様を施し、その内側1.2m離して、白とこげ茶色の市松模様を施した壁面を設けている。

これにより、見る位置によってガラスと外壁の市松模様が干渉して「モアレ」という現象がおこり、しま模様がみえる。これは実在するパターンではなく現象としてのパターンで、建物に近づくと模様は大きくなり、遠ざかると小さくなる。横に移動すると模様も一緒に動くという不思議な性質を持っている。

このデザインの効果を設計段階で再現しようとすると、模型では難しく、コンピューターグラフィックスが大いに役立つこととなった。

同様のデザイン手法は、現在も進化し、生き続けている。2013年に完成した「ルイ・ヴィトン松屋銀座店」では、現地で撮影した写真に、建物のコンピューターグラフィックスを画像合成したフォトモンタージュによって昼間や夜間の見え方やファサードのデザインなどを検討した。

東京・銀座に建つ、ルイ・ヴィトン店舗のファサード ©︎Daici Ano

例えばファサードに正方形をレイアウトしていろいろと配置を変えてみる。ルイ・ヴィトンのバッグのデザインをモチーフにして文字で埋め尽くす。ルイ・ヴィトンのマークをちりばめる。さらにはそれぞれのデザイン要素の大きさを変えてみる、といったことを数限りなく繰り返して検討した。

昔であれば、こんなに数多くの検討は行えなかった。しかし今はコンピューターのおかげで編集作業が簡単にできるため、配置や大きさをちょっとずつ変えた数多くのデザイン案を比較検討できるようになった。

どんな見え方のデザインにするかが決まると、次に考えるのは、どんなディテールで作ればその見え方が実現できるかだ。コンピューター上でディテールのデザインと、それがもたらす見え方のシミュレーションを繰り返し行うことで、どんなモノを作ればよいのかがだんだんわかってくる。

実際のものづくりでは、ビル壁面の荷重制限やファサード奥行きの制限、地震時の層間変位に備えたファサード材の目地など、さらに制約条件が重なってくる。見た目は同じだがパターンの大きさによって材質も板材を曲げて作れたり、鋳物が必要だったりする。

こうした作業を通じて、希望の見え方、コンピューターシミュレーションによる見え方と、実物の見え方を、フィードバックを繰り返しながらだんだん近づけていくのである。

実物大のファサード材を使った深夜のデザイン検証作業 ©︎Jun Aoki & Associates

コンピューター普及のもう1つの影響は、1つの強いコンセプトで全体を演繹的に統御するのではなく、独立しバラバラな要素の共存を許容しながら、それらの間に繊細な関係の網を張っていく、「フラジャイルな」コンセプトが可能になってきたことだ。

その最たる例が東京・杉並区の住宅地に建設した「大宮前体育館」で、敷地の内外の要素を分け隔てなく「くくる」ことで、どこからがその建物なのかが曖昧な印象をあたえている。また、室内は、それぞれの空間ごとに要求されるあり方がそのまま許容されながらも、なんとなくまとまりのある全体となるようにできている。

これは、さまざまな解像度へのズームイン/ズームアウトを繰り返すことで、「いい塩梅」の状態を探るという「地道な」方法によるもので、微調整を繰り返すことを厭わないコンピューターの編集能力がなければ、なかなかできないことのように思える。

建物のデザインは強いコンセプトで全体を1つにまとめていく方法だけではない。コンピューターのシミュレーションによって弱いコンセプトで、バラバラなものを1つにまとめていく方法もとれる。そういう考え方を指して、私は「フラジャイル・コンセプト」と呼んでいる。

特別講演:日本工学院八王子専門学校 山野 大星 氏

新たな専門職教育とCAD

「新たな専門職教育とCAD」というテーマでお話をするが、この中で「CAD」「BIM」という言葉が出てくる。今日はどちらも「人間の創造的行為を支援するツール」という意味で使いたいと思う。

本校は東京・蒲田に日本工学院専門学校、八王子に姉妹校として日本工学院八王子専門学校がある。

最初に本校卒業生の卒業設計作品を見ていただくが、最近はザハ・ハディドを思わせる曲面を多用したデザインも多く見かける。Grasshopperを使ってコンピュテーショナルデザインを行ったり、Vectorworksを使って熱環境シミュレーションを行ったりすることも珍しくなくなってきた。

日本工学院八王子専門学校 山野 大星 氏

今、小学校から高校まで、教育改革が行われている。以前、「学力」と言えば「基礎的・基本的な知識・技能」だけを意味していたが、2007年の学校教育法改正によってこれに「知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等」「主体的に学習に取り組む態度」が加わり、「21世紀型学力」などと呼ばれている。

これまでの教育では暗記や理解が大きなウエイトを占めていたが、これからは知識や技能を社会で役立てる、主体的・対話的に深く学ぶ「アクティブ・ラーニング」を取り入れた教育へと、変わってきたのだ。

これを受けて2019年度からは実践的に職業教育を行う「専門職大学」がスタートする。従来の大学と専門学校の中間的な位置づけとなるもので、産業界と密接に連携しながら専門職業人材を養成し、卒業時には学士(専門職)の学位が与えられる。卒業単位の3~4割は実習科目にするのが特徴だ。同時に「専門職短期大学」や「専門職学科」も始まる。

2019年4月開学を目指して申請中の学科は医療系が多いほか、CGやゲームクリエイターの学科がある。建築系の学科はその次の年以降になりそうだ。

日本工学院専門学校の卒業生作品の例

本校では、2012年度から6年間、文部科学省委託事業である「成長分野等における中核的専門人材養成の戦略的推進事業(社会基盤分野)」等を受託した。

この調査・研究事業では、社会基盤(建築・土木)に関わる社会・経済の変化に伴う人材需要に即応した質の高い職業人を育成するカリキュラムを検討し、またカリキュラムの一部科目の実証講座を実施した。

その結果をカリキュラムへフィードバックを行って、次世代の中核的専門人材養成のためのカリキュラム開発を進めた。

これまでの大学にはなかった新しい視点の教育カリキュラムを、産業界からの意見を取り入れながらゼロから作り上げようというのが活動の趣旨だ。

「環境工学」のカリキュラム例。科目全体の本質的な問いに対応して、各回の授業ごとにブレークダウンした本質的な問いとそれに対応した授業内容、身につけるスキル、求められる理解レベル、そして小テストやパフォーマンス評価による評価方法を定めた

2011年の東日本大震災の翌年から始まったため、当初は土木系の人材養成が中心テーマとなった。

最初の3年間は次世代国内インフラ整備、パッケージ型インフラ海外展開、社会基盤整備の建設IT技術の3プロジェクトと、全体を統括する産学官連携コンソーシアムの活動が行われた。始めに求められる中核的専門人材像を探り、そのニーズを実現するのに必要なカリキュラムを作っていった。いったん社会に出て学び直すケースを想定したカリキュラムも作成した。

そして2015年度は多摩地域を対象とした建設に係る地域版学び直しプログラム開発、2016~2017年度は専修学校用にBIM・CIMを統合したカリキュラムの更新・開発やeラーニング建築士講座などを実施した。

カリキュラムを作る際に、米国の教育コンサルタント、ウィギンズ、マクタイによる著書『理解をもたらすカリキュラム設計-「逆向き設計」の理論と方法』を参考にした。教育改革のニーズに合った人材を育成するために、「何が必要か」ということを明らかにしたうえで、カリキュラムに落とし込んでいったのだ。

2014年度に行った実証授業「BIMによるバイオクマティックな建築設計講座」。5回にわたる授業には学生19人が参加し、VectorworksとThermoRenderを使って建物の緑化や材質選定のシミュレーションを行った

これらのカリキュラムの特徴は大きく3つある。1つめは自ら本質的に問い、永続的に理解をする能力を正しく評価するために、スキル・マトリックスも構築し、求められるスキルを可視化したことだ。

2つめはBIMや建設ICTによって科目間に関連付けを行い、学習内容を可視化したことがある。従来は科目ごとにバラバラだった知識に関係性を持たせた。例えば建築の座学では、BIMモデルを使って、建物の設備や構造、意匠などの知識を関連づけて教えるといったことだ。

3つめは、ある科目に関連する「クロッシング・テクノロジー科目」を設定し、関連技術領域を可視化したことだ。例えばBIMを突き詰めていくと、プログラミングの知識が必要になったり、ドローンによる3Dモデリングには測量の知識が必要になったりする。このように建築と他分野の知識がクロスすることは、今後、ますます増えていくだろう。

1学期の授業は15回行われることが多いが、回ごとに本質的な問い、教える内容、関連する知識、関連する他分野の技術、そして評価方法をブレークダウンして実践的なカリキュラムが完成した。

各科目を構成するスキルや知識は分解され、すべての科目で統合した「スキル・マトリックス」として表現することで、科目間の関連性を可視化できるようにしている。すると抜けている部分があることにも気付くが、今後の課題が明らかになるという意義がある。6年間をかけて、カリキュラムを整理したのだ。これは大変な作業だった。

カリキュラム開発と並行して、2012年度から2017年度まで、さまざまな実証授業を行い、実証授業の結果もフィードバックしていった。

バーチャル八王子の構築に向けてBIMモデル化が進む日本工学院八王子専門学校のキャンパス

7年目となる2018年度は、人材育成協議会を通じた地域での人材育成の検討や、まちづくり計画のために八王子の街をBIMモデル化した「バーチャル八王子」構想に取り組むことにしている。

そして何より大切なことは、学生のモチベーションを高めることだ。アクティブ・ラーニングというと、受け身ではなく能動態的な学習ということを思い浮かべがちだ。

しかし、ある程度能動的に学習すると、「私の中で学びが起こる」という“中動態”的な状況が生まれてくる。マラソンランナーで言うと、走り始めてしばらくするとランナーズ・ハイという状況になって、走ることが楽しくなってくるような現象だ。

今後は中動態的な学びも重視していきたい。その条件は(1)評価者となる教師、(2)BIMやICTなどの教材、(3)ルールやゴール、自発的な参加などからなるしくみがそろっていることだ。このほか、少しでも学生のモチベーションを高める工夫をしながら、教育に取り組んでいきたいと思う。

  • このほかの特別講演、分科会、OASIS研究・調査支援奨学金制度成果発表、展示会場などの詳細はPDFファイルをご覧ください。
  • この事例は株式会社イエイリ・ラボの許可により「建設ITワールド」で2018年10月16日より掲載された記事をもとに編集したものです。講演者の所属、肩書き等は取材当時のものです。
  • 記載されている会社名及び商品名などは該当する各社の商標または登録商標です。 製品の仕様は予告なく変更することがあります。
    詳しくは、エーアンドエーのウェブサイトで。
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