奈良県北西部の香芝市は、市が管理する道路のほぼ全域を点群データ化し、地方自治体初の同一精度の「デジタルツイン基盤データ」として2020年2月に無料公開した。この点群データはウェブサイトで無料公開されており、道路管理者だけでなく、観光や消防、教育機関などでも幅広く活用されている。システムには日本インシークの「RID(Road Infrastructure Database)」を使用しており、小規模な自治体でもまちをデジタルツイン化できるのだ。
香芝市が日本初の道路デジタルツインを公開
奈良県北部の大阪府との県境に位置する香芝市は、人口約7万9000人。大阪のベッドタウンとして発展を続け、今でも若年層の人口が増え続けている町だ。
香芝市は2020年2月14日、全国の地方自治体としてはほぼ全域を同一精度で初めて、同市が管理する道路の87%、約270kmを点群データでデジタル化し、「香芝RID」としてインターネット上で無料公開した。
点群データとは、道路や街並みの表面を、膨大な数の3次元座標によって表したものだ。
その中身はまさに香芝市内の街路の「デジタルツイン」(デジタルの双子)と言える。路面や交差点のほか、上空を横切る高架橋や交差点、閑静な住宅街や樹木、そして学校のネットフェンスまで、香芝市内のまちが、高精度の点群データとしてクラウド上に再現されている。
点群データを拡大していくと、道路の縁石の丸みまではっきりと記録されていることがわかる。これだけ精密なデータがあれば、道路や街並みに関する詳細な調査を現地にいかなくても行える。
道路管理から観光、教育まで広がる用途
香芝RIDは、ウェブサイトにアクセスするだけで、だれでも無料で使える。データ量が大きな点群データを扱うにもかかわらず、香芝RIDはクラウド上に点群を扱うブラウザー機能が用意されているので、ごく普通のパソコンがあればよいのだ。
点群データは数十メートルの長さに分割され、道路地図上に整理されている。画面上で見たい区間をいくつか選択し、点群データの閲覧ボタンをクリックすると、即座に点群データが現れる。また、手元のパソコンに点群データをダウンロードして使うこともできる
点群データの閲覧画面では、前後・左右への移動、拡大・縮小、任意の方向への回転が、マウス操作で簡単かつ軽快に行える。まるで高性能なパソコンで3Dソフトを扱っているような感覚だ。
そして、画面上で任意の2点間の距離や高さの計測を行ったり、面積を測ったりすることができる。さらには断面図も出力できる。
道路工事などの計画では、現地に行かなくても、歩道橋や標識の高さ測定、仮設足場や重機・車両の進入経路の検討など、かなりのことが香芝RIDの点群データで行えそうだ。
また、建設関係以外でも地盤の標高データを使った防災マップの作成や、点群を使ったバーチャル観光、学校教育や研究、そして街並みを生かしたゲームなどのエンターテインメントなど、さまざま用途に使えるのだ。
これらの点群データは、日本インシーク(本社:大阪市)は2013~2019年にかけて、同市内の広範囲な道路を3Dレーザースキャナー搭載の計測車両で計測したもの。その点群データを同社の「RID」(Road Infrastructure Database)というGIS(地理情報システム)上に整理して一般にも公開した。
日本インシーク代表取締役 社長の番上正人氏は「香芝市からせっかく点群があるのなら、多くの人に使ってもらいたいという要望をいただき、香芝RIDという地方自治体が公開した道路デジタルツインとしては日本初の取り組みに結びつきました。もともとあった点群データを再利用したので、追加費用は200万円程度で済みました」と説明する。
デジタルツインで道路管理コストも削減
日本インシークの点群計測車両の特徴は、一般的に使われるMMS(モービルマッピングシステム)用のレーザースキャナーに加えて、路面調査用のラインスキャナーも搭載していることだ。その精度は幅1.0mm、深さ0.5mmのひび割れも検出できるほど。
そのため、一度の走行で道路管理に必要な路面性状から、道路周囲の付属物や縁石、近接構造物、そして街並みまでを効率的に計測できる。
香芝市役所では、5年ごとに実視する舗装定期点検の点群データに道路台帳や維持管理記録などを合わせて、道路の維持管理業務などに使用している。
定期的に行う舗装点検で、点群データを活用するメリットは、舗装点検や路面性状調査、道路台帳用の測量作業にかかるコストが大幅に下がることだ。
同社の試算によると、幅員15m、片側1車線の道路100kmの場合、従来の手法では1億2000万円以上かかるところ、上記の計測車両を使えば7200万円と4割以上のコスト削減となる。
点群データとクラウドで実現するインフラDX
まちのデジタルツインとなる点群データや道路台帳などのデータがクラウド上で利用できると、インフラ管理に関するさまざまな業務が現場に出向かず、テレワークで行える。その結果、現場や職場への移動、測量のための車線規制、仮設など“見えないムダ”がなくなり、インフラ管理の生産性はそれだけで大幅に向上する
さらにこれらのデジタルデータには今後、AI(人工知能)やBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)やCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)などのソフトを生かし、データ処理を自動化する道も開かれている。
例えば、道路の点群データから電柱や標識、ガードレールなど膨大な道路付属物を、AIで自動抽出し、損傷や変状部分を自動的に検出する自動化だ。日本インシークではすでに地物認識処理システムを開発し、8割以上の精度があることを確認している。
RIDの点群データをBIM/CIMソフト上で活用し、施工時の重機配置や作業の支障となるものをバーチャルに検討し、施工の手戻りをなくすことも可能だ。点群データは垂れ下がった電線など、現場に存在するあらゆるものを漏れなく記録する。そのため、見落としなどのヒューマンエラーも生じない。
道路上の歩道やマンホール、地下のガス管や水道管などの道路占有物件をBIM/CIMモデル化し、RID上に実装する管理手法も可能だ。これまでは管理者が異なるため工事に先立って必ず試掘調査が必要だったが、RIDで管理することで相互の位置関係がはっきりするため、工事の計画や作業の生産性がぐっと高まる。
ドローンから歩行式スキャナーまで豊富な機材
日本インシークが本格的に点群計測に乗り出したのは、2009年にある高速道路会社の道路台帳をMMSで行ったのがきっかけだった。以来、MMSは歩道用や鉄道用を含めて7種類の調査車両を導入し、搭載用の計測機器も増強してきた。
12年にはドローン(無人機)を導入し、毎年のように機体を増強し、ドローンからのレーザー測量も行える体制だ。
このほか、地上での計測用に15年に手持ち式、16年に地上式の3Dレーザースキャナーを導入。20年にはプラント内などを歩きながら計測する歩行式MMSも導入している。
これらの豊富な点群計測ソリューションは、顧客からの計測の要望に応える形で、自然に増えていったものだ。そのたびに、道路や鉄道、プラント、森林などの現場条件に応じた計測ノウハウも蓄積してきた。日本インシークは今、あらゆる現場やインフラ、自然をデジタルツイン化する企業と言っても過言ではない。
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