鴻池組が兵庫県西宮市内で施工中の城山トンネル(仮称)の現場は、国道の北側に武庫川、南側には急傾斜地を挟んでJR福知山線が近接しており、急傾斜地の頂上付近には関西電力の高圧鉄塔もある。さらに、トンネルと干渉するように旧JR廃線隧道がトンネル上部を交差するという難条件がそろっている。この現場で鴻池組とインフォマティクスは、MR(複合現実)デバイス「HoloLens2」を使ったトンネルMRを活用し、トンネル現場内から周辺構造物や地質を“透視”する施工管理や、発注者による遠隔臨場の実証実験を行った。従来の「経験と勘」による山岳トンネルの施工管理が大きく変わりそうだ。
鉄道トンネル跡を削って通過
兵庫県西宮市で施工中の城山トンネル(仮称)は、JR福知山線と国道176号にはさまれた急傾斜地を、半径230mの急カーブで貫く長さ311mの道路トンネルだ。急傾斜地の頂上付近には電力会社の鉄塔があり、急傾斜地内には旧JR廃線隧道があり、それをかすめるように掘り進む必要があった。
「トンネルの施工に当たっては、周囲の構造物に影響が出ないように、慎重に掘り進める必要がありました」と施工者の鴻池組で現場所長を務める山田浩幸氏は説明する。
難工事が予想されたため、発注者の国土交通省 近畿地方整備局は、設計段階から施工者の知識や経験等を設計に反映する技術提案交渉方式(技術協力・施工タイプ ECI方式)を採用。鴻池組は優先交渉権者として設計者のオリエンタルコンサルタンツ、発注者と協力しながらプロジェクトを進めてきた。
そして施工計画や施工管理には、トンネルや周辺の地形、構造物を含んだ城山トンネル(仮称)全線のCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)モデルを作り、これに現場の計測データや施工時の切羽写真など実物の情報を統合した「デジタルツイン」(デジタルの双子)を構築。クラウドサーバー上で工事関係者が共有できるようにした。
「鉄塔の変位も24時間観測し、デジタルツインで管理しています」と山田所長は説明する。
トンネルMRでトンネル周辺の構造物を“透視”
トンネル掘削が終盤を迎えた2021年7月20日、鴻池組とインフォマティクスは、発注者の兵庫国道事務所の建設監督官らを交えて、トンネルMRによる施工管理や遠隔臨場の体験会を開いた。
「これはすごい。トンネル坑内から覆工コンクリート裏の地質や廃線隧道跡が透視できます。CIMモデルと現場がピッタリと重なって見えるので、図面などの資料と現場を付き合わせることなく、トンネル周囲の状況が一目で分かりますね」と語るのは、国土交通省近畿地方整備局兵庫国道事務所の建設監督官(名塩道路)の守田景敬氏だ。
トンネルMRで活用した3Dデータは、鴻池組が作成したCIMモデルを、インフォマティクスの「Gyro Eye Holo」でMR用に変換したものだ。
トンネルMRを着けた国交省の守田氏が見たものは、トンネルの上を斜めに交差する廃線隧道跡や鉄塔、そして地質だった。
トンネル掘削の最前線である切羽では、トンネル上部にフォアパイルという鋼管を何本も打ち込んで崩落を防ぐ。今回の施工では、廃線隧道跡との交差部分周辺では、廃線隧道跡の方にずらして打ち込んだ。その打ち込みパターンもしっかり透視できた。
山田所長は「このトンネルのように急カーブだと見通せない部分が多いので、掘進時の測量だけでは不安になることもあります。その点、トンネルMRはトンネルの線形を見通せるため、測量との併用により、高い精度が担保されます。」と、施工管理者ならではの感想を語った。
鴻池組とインフォマティクスは、これまで何度もトンネルや造成現場、建築現場などでMR活用についての実証実験を行ってきた。
今回は特にCIMモデルと現場の位置合わせ精度が高く、頭を上下左右に振ると、ほとんど遅延せずにリアルとバーチャルな風景がピッタリと重なって追従するようになった。
その秘密は、トンネル内に「空間アンカー」(MR技術により座標を指定する機能)を設置したことにある。マーカーを原点に置いて位置合わせする方式だと、マーカーから離れるほど現実空間と仮想空間にギャップが生じるのだが、今回はトンネル内のところどころに設けた空間アンカーにより、リアルタイムで位置の修正が行われる仕組みを採用したのだ。
XRoss野帳でトンネルMRによる遠隔臨場を実証
トンネルMRには工事現場でBIM/CIMモデルや図面を見るだけでなく、複数のカメラによる映像撮影や計測、インターネット通信など幅広い機能を備えているため、発注者による現場での立会検査をオンライン化する「遠隔臨場」のデバイスとしても活用できる。
この日は、インフォマティクスが開発したMR対応の遠隔臨場システム「XRoss野帳」を使って、離れたところから現場の様子がどれだけ把握できるかを確かめる実験も行った。
坑口付近に設けられた詰め所を発注者のオフィスに見立てて、トンネル坑内にいるトンネルMRを着けた技術者と、詰め所にいる発注者のノートパソコンをXRoss野帳でつなぎ、音声通話とリアルタイム映像で通信しながら実証が行われた。
発注者が「『5BL』のサインから目地までの長さを測ってください」とパソコンに向かって語りかけると、現場の技術者は計測値をデジタルデータとして記録できるデジタルメジャーを使って計測した。
現場を計測している様子は、発注者側のパソコンからリアルタイム映像と音声で確認された。さらに現場からは計測した寸法値が、デジタルデータとして発注者のパソコンに送られてきた。
トンネルMRならではの遠隔臨場としては、リアルな空間上のピンポイントな位置を、受発注者間で共有できる機能もある。
今回の実証実験では、坑内の技術者が内壁のクラックを模した線形をトンネルMR上で“空間スケッチ”して発注者側に送ったほか、発注者側からチェックすべきポイントを赤丸で送り、トンネルMR側の技術者がそのポイントを確認する、といった操作性の確認も行った。
最後に、カーブになったトンネルのどこまでWi-Fiの電波が届くかを検証したところ、坑口から見通せないにもかかわらず、200mまでは映像と音声での通信が可能だった。
MRで発注者の業務効率化を実現
今回の実証実験を体験した後、建設監督官の守田氏は「今日、実際にHoloLens2を着けて現場を見たり、遠隔臨場のイメージを体験したりすることで、その効果を実感できました」と言う。
「山岳トンネル工事で岩質が変わったときに行う『岩判定』という立会検査では、そのたびに発注者の岩判定メンバー3名が現場に行く必要がありました。そこでトンネルMRを使って現場に行く人数を2人に減らし、1人は事務所から遠隔臨場で参加するという省力化も試してみたいです」(守田氏)。
また、兵庫国道事務所計画課の安藤翔氏は「MRは未来の技術だと思っていましたが、現実的なツールと感じました。もう少し精度が上がれば、使い道も広がり、維持管理の効率化につながると思います」と感想を語った。
●遠隔臨場による岩判定を実施
取材後の8月23日、この現場では国土交通省近畿地方整備局 兵庫国道事務所指導の下、遠隔臨場による切り土法面の岩判定が実際に行われた。兵庫国道事務所と鴻池組の職員が、建設現場と兵庫国道事務所内の会議室にそれぞれに分かれ、遠隔臨場による岩判定に臨んだ。 実証実験は、一般的なTV会議システムや通信機器とトンネルMRを併用して行われ、現場の映像や音声、遠隔地からの指示や相互のやりとりがどのような品質で離れた場所に伝えられるかという点について、岩判定の検査手順に従い行われた。 炎天下の中、現場検査員の映像や、岩盤をロック・ハンマーで打つ音が、会議室にリアルに響き渡った。スクリーンには、現場の状況が大きく鮮明に映し出され、一般的なTV会議システムでも十分に遠隔臨場を実現する品質であることが確認された。ただし、今回のような打音検査においては映像と音声に若干のズレが生じる点が課題として挙げられた。 トンネルMRを使用した場面でも、城山トンネル(仮称)の構造や法面、国道など周辺施設のMRモデルを重畳させた映像が、GyroEye Holoのリモート機能を使用して会議室に遠隔で送られ、十分な品質の映像や音声であることが確認された。 |
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