現場を高精細な4K写真と3Dモデルでデジタルツイン化できる計測機器、「Matterport Pro2」は、どれだけカンタンかつスピーディーに使えるのだろうか。日ごろ、工事現場で取材する側の建設ITジャーナリスト、家入龍太(イエイリ)は逆にこの機器を使って、休憩中の新聞工場を計測。デジタルツイン化に挑戦した。その体験談をお伝えしよう。
低価格のPro2で現場をデジタルツイン化
現在、市販されているMatterportシリーズには、レーザースキャナーで3D計測を行う「Matterport Pro3」(以下、Pro3)と、ストラクチャードライト方式のスキャナーを搭載した「Matterport Pro2」(以下、Pro2)がある。
屋外の広い場所を計測するには「Pro3」が向いているが、屋内の現場をデジタルツイン化してクラウドで共有しながら施工計画・管理や施設管理を行うのなら、「Pro2」で十分だ。何といっても、「Pro2」の価格は、「Pro3」のわずか3分の1、そして一般的な3Dレーザースキャナーの約10分の1なのだ。
これだけリーズナブルな価格なら、測量の専門家だけでなく、何台も購入して一般の工事関係者がデジタルツインを普段使いして、手軽に生産性向上ができそうだ。
そこで今回、イエイリは「Pro2」がどれだけ簡単に使えるのか、そして計測したデータはデジタルツインとしてどれだけの効果を発揮するのかを、マーターポート株式会社のマーケティング マネージャー、松盛剛氏の手ほどきを受けながら、体験してみることにした。
デジカメよりも簡単だった現場計測
今回、デジタルツイン化に挑戦したのは、毎日新聞の朝刊や夕刊を印刷する、神奈川県海老名市にある毎日新聞首都圏センターの海老名工場だ。夕刊の印刷が終わった午後2時過ぎから計測をスタートした。
といっても、作業は思いのほか簡単だった。三脚に据え付けたMatterport Pro2(以下、Pro2)を工場内に置き、スタートボタンを押すだけだからだ。デジタルカメラでは、被写体を狙って構図を決め、ピントを合わせてシャッターを切る、といった作業が必要だが、それよりも簡単なのだ。
コントローラーとなるタブレット上のスタートボタンを指で押すと、本体が360°旋回しながら、周囲をスキャンしていく。1回の計測にかかる時間はわずか20秒だ。一般的な3Dレーザースキャナーは3〜9分もかかるので、Pro2は圧倒的に早いということが実感できる。
ここで、ぼやぼやしていると、自分の姿も計測されてしまうことになる。そこで周囲が広い場所ならば、Pro2の“視界”に入らないように、自分たちも三脚の周りをぐるりと一周する。
また、近くに隠れる場所があれば、そこに潜んでタブレットのスキャンボタンを押せばいいのだ。Pro2の本体は見えなくても、タブレット端末上にスキャンの進ちょく状況がリアルタイムに表示されるので、安心だ。
1回の計測が終わると、Pro2からタブレットにデータが転送され、タブレット上でデータの処理が約15秒間で行われる。この時間を利用して、Pro2を数メートル離れた次の計測地点まで移動する。
移動後にタブレット画面を見ると、もうスキャンボタンが表示されているので、すぐに次の計測が始められるのだ。そのため、作業中は「手待ちのムダ」を感じているひまはない。
一方、タブレット画面上には、これまで計測した地点やデータの範囲が平面図のように追加されていく。もし、計測漏れがあれば現場での計測し直しや、追加計測ができるので、安心だ。
クラウドで計測データを自動的に合体
現場での取材当日、印刷工場内を78カ所、三脚を移動させながらスキャンしたが、ほとんど待ち時間なしで連続計測できたため、計測時間は合計、わずか約52分だった。1分間に1.5カ所の計測が行えた計算だ。
このほか、電気室が25カ所を約17分で、機械室を14カ所、約9分でそれぞれスピーディーに計測できた。
計測の後は、建物内の数十カ所で計測したデータを1つにまとめる合成作業だ。
3Dレーザースキャナーでの点群計測の場合は、目印となる球形マーカーなどを現場にあらかじめ設置して手作業で点群データをつないだり、計測地点の座標をトータルステーションなどで測りながら計測したりする必要があった。
その点、Pro2の場合はマーターポートが運営するクラウドシステムに計測したデータをアップするだけで、Cortex AI (ディープラーニング・ニューラルネットワーク)が特徴点などを探して自動的に点群を合成してくれるのだ。
そのため計測のために事前に入念な作業計画を立てる「計画のムダ」や、計測後に点群を人力で合成する「手作業のムダ」などの手間ひまはかからない。また、マーカーの設置し忘れによる「手戻りのムダ」も起こらないのだ。
例えば、78カ所で計測した印刷工場の場合は、4時間20分で合成が完了した。その作業は完全にクラウド任せなので、担当者は別の仕事に没頭できる。計測数が25カ所の電気室は2時間36分、14カ所の機械室は1時間20分で合成が完了した。
デジタルツインで現場をリアルに体験
マーターポート社から、デジタルツイン体験用のIDをもらったイエイリは、早速、出来上がった印刷工場などのデジタルツインデータを開いてみた。といっても、事前にトレーニングを受けていたわけではなく、ぶっつけ本番の経験だ。
普通のWebブラウザーからログイン画面にアクセスし、IDを入力すると先日、計測した3つの部屋のデータが現れた。
印刷工場のデータを開くと、まずは全景の3Dモデルが現れ、ウォークスルーの原点からみた風景が登場する。見た目は写真そのものだが、実際は3Dモデルを計測地点の一つから見ているのだ。
その証拠に、近くの〇印をクリックすると、周囲の景色が後ろに遠ざかるように動いて、次の計測地点からの視点に移動する。そのため、ブラウザー上でどの方向に移動したのかが感じられる。画面は上下左右に360°視点を向けて見られるほか、拡大・縮小も自由自在だ。
この画面を見ているだけで、現場に行かなくても、現場の状況が手に取るようにわかる。画面をながめているうちに、現場では気づかなかった細かいところや見通せない機械間の位置関係などもわかってくる。
これだけわかれば、Pro2で作成した3Dモデルは、現場のデジタルツインとして十分に使える。わざわざ現場に出向いて打ち合わせを行ったり、不明点を解決するために何度も現場を見に行ったりする「移動のムダ」が大幅に削減できそうだ。
今回、Matterport Pro2でスキャンしたデジタルツインはこちらのリンクから見ることができる。
印刷機
機械室
電気室
計測機能やメモ機能も試してみた
このデジタルツインの活用シーンを、イエイリなりに想像してみた。例えば、機械室内部に監視用のWebカメラを増設する場合の、電源ケーブル設置の設計や施工計画だ。
まず、機械室内のどこにコンセントや配線ボックスはどこにあるのだろうか。現場を計測したときは、Webカメラ増設の計画などは聞いていなかったので、コンセントの位置などは全く気にしていなかった。
そこで機械室の3Dモデルを開いて、WEBカメラ設置予定地点付近をウォークスルーしながら探してみる。すると、付近にコンセントが見つかった。
次にコンセントからWebカメラまでの配線ルートと、必要な電線の長さを計画してみた。ここで使ったのが寸法計測機能だ。コンセントからWebカメラの設置予定位置までの画面上を連続的にクリックしていくと、各区間や全長がリアルタイムに表示される。
その結果、必要な電線の長さは3.3mということがわかった。
また、3Dモデル上には付せんのような「ノート」をつけて、メモを書き込むことができる。電気室には同じような機器が並んでいるので、機器の不調部分を言葉で「中央列の右側で、入り口から5番目の機器」など、表現するのにもひと苦労だ。
それが、ノート機能を使うと視覚的にカンタンに位置を表示できる。あとは担当者に「@」で担当者の名前を書き込み「これが不調なので点検をお願いします」と、作業事項をメモするだけで、作業者に指示することができるのだ。
そのノートに担当者は「承知いたしました、5月20日に点検いたします」とノートに返信することができる。また、点検項目を記載したドキュメント、リンク、動画などのファイルを添付することが可能だ。「作業位置表示のムダ」や「作業位置を探すムダ」が大幅に削減できそうだ。
デジタルツインで全員参加の働き方改革を
日ごろ、測量や現場計測に全くかかわっていない建設ITジャーナリストのイエイリでも、Matterport Pro2なら現場での計測から、クラウドでの点群合成や3Dモデル作成、そしてクラウド上での現場把握やWebカメラの設置計画などを行うことができた。
これは、現場で働く人全員が、現場のデジタルツイン化に参加し、デジタルツインによる様々な「ムダ」の排除やテレワークが行えることを意味する。さらには、遠隔地にいる決済者に対して、デジタルツインを通じて現場の状況を具体的に伝え、より迅速かつ確実な意思決定を可能にできる。
計測範囲が広いMatterport Pro3と、価格が安く簡単に使えるMatterport Pro2、さらにはスマートフォンのLiDARによる点群計測を組み合わせて使うことで、デジタルツインによる建設業の働き方改革に踏み出してみてはいかただろうか。
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