大林組は富山県内で水力発電所のリプレース工事を実施している。山間部にある3現場と本事務所はそれぞれクルマで20分ほど離れており、すべて回ると半日はかかってしまう。そこで同社はコルクのBIM/CIM共有クラウド「KOLC+」を導入し、デジタルツインとWeb会議を組み合わせた効果的な朝礼・昼礼を実現。さらに、BIM/CIMモデルを活用した施工のリハーサルにより、経験の浅い若手技術者も手戻りのない施工計画や現場での指示が行えるようになっている。
山間部に分かれた現場をリモート施工管理
富山県では、建設から50年以上が経過している水力発電施設を対象に大規模なリプレース工事を実施しており、最新技術の導入により発電効率の向上を図って発電電力量の増加やCO2の削減に取り組んでいる。その対象施設のうち、2カ所(大長谷第二、仁歩)を担当するのが、大林組、関西電力、ニュージェックからなる共同企業体(JV)だ。
大長谷第二発電所では、発電用の取水口となる菅沼ダムの改修や水圧鉄管の撤去・新設、そして発電所を丸ごと造り直す工事などを行う。工期は約7年間にわたる大規模なものだ。
急斜面の水圧鉄管を取り換えるために、2基のケーブルクレーンと工事用モノレールを設置した。ケーブルクレーン鉄塔用の基礎は、通常のコンクリートポンプ車では施工不可能だったため、ヘリコプターを数十回往復させて打設したという。
「山間部に分散する4拠点間の距離は数キロメートルずつ離れており、クルマで回りながら施工管理を行う方法では、思うような安全・品質管理業務ができません。必要に迫られる形で、KOLC+やセーフィーなどの遠隔ツールを導入し、各現場の施工管理をリモートで行えるようにしました」と大林組 大長谷リプレースJVの所長、江藤成彦氏は説明する。
朝礼・昼礼の4拠点中継をKOLC+のWeb会議機能で実現
KOLC+といえば、BIM/CIMモデルや点群、計測データなどを統合した「デジタルツイン現場」をクラウド上でサクサク共有できるシステムとして知られている。この工事では、通常では“目立たない機能”としてKOLC+に実装されているWeb会議システムも大いに実力を発揮している。
「当初は、会社標準のオンライン会議システムを使っていましたが、複数人が同時にしゃべると音声が途切れることが頻繁に発生して困っていました。そこで、KOLC+のWeb会議機能を試してみたのですが、通信回線の容量が小さくても遅延がなく音質がクリアで、各拠点で複数人がしゃべってもはっきりと聞き取れたので、これならいける!と導入しました」と語るのは、大林組 土木本部技術企画部データマネジメント課課長の日暮一正氏だ。
遅延の少ない通信が行えるのは、サーバーを通さず、端末同士で直接データをやり取りする「P2P(ピア・ツー・ピア)」という通信方式を採用しているからだ。このWeb会議機能は、4拠点を同時中継で行われる朝礼や昼礼で使われている。
2024年4月19日の早朝、菅沼ダムの現場で行われた朝礼の会場では、60インチの大型サイネージに、現場写真やデジタルツインの画像などを表示しながら、各現場の施工管理者や協力会社の職長らが当日の作業予定や安全上の注意点などをてきぱきと説明。山間部の厳しい通信環境を感じさせないスムーズな進行が行われた。
※杉原氏の業務については、YouTubeで公開中の「1日密着動画」を参照
さらに、同日13時からの昼礼にも参加させてもらった。昼礼は午後の作業開始時に協力会社の職長を交えて翌日の作業内容についてJVが指示・確認を行う場である。
「昼礼では、午前中に現場で撮影した写真をデジタルツイン上にプロットして説明しています。写真にiPhoneの位置情報が付いているので、KOLC+にアップロードすればデジタルツイン上に自動でプロットされるのがすごく助かっています。一般的な工事事務所だとホワイトボードに今日明日の作業内容を書いているだけですが、写真があれば所長が状況を把握しやすく、問題があれば指摘して改善につながります」と工事長の田中伸和氏は語る。
衛星ブロードバンド「スターリンク」でインターネット環境を確保
山間部の通信環境は厳しい。この現場も例外ではなかった。大長谷第二発電所と仁歩発電所の2拠点では通常のインターネット回線を確保できなかったため、人工衛星経由でインターネットに接続する「Starlink」を導入した。
「現場のインターネット環境で困っていたところ、日暮さんがStarlinkとメッシュWi-Fiシステムを現場全体に整備してくれて大幅に通信環境が改善しました」と江藤所長は振り返る。
また、SafieなどのWebカメラを約20台導入し、施工現場の遠隔モニタリングも実施している。
「不安全行為などを見つけたときは1分ほどの動画に切り出して、チャットツール『direct』で全員に送り、注意喚起を行うこともあります。チャットの通知は各自のスマートウォッチに通知して作業中でもリアルタイムに確認できるようにしています。“建設版ドライブレコーダー”として安全管理でも見落としがありません」(江藤氏)。
何度も失敗できる「デジタルリハーサル」で若手育成
この現場では、入社数年の若手技術者も多い。彼らにとっては、初めて経験する作業の連続と言っても過言でない。
「土木は経験工学で、経験してないことはどうしても想像ができません。その経験不足を補っているのが、現場のデジタルツインを使って施工手順を事前に疑似体験するシミュレーションです。若手技術者はこのシミュレーションによって、作業のスケール感や危険な点などを自分でイメージでき、的を射た施工計画づくりや現場で手戻りのない指示を行えるようになっていきます」と江藤氏は言う。いわば現場での施工の「デジタルリハーサル」とも呼べる試みである。
例えば、菅沼ダムの現場で200トン級のクローラクレーンを組み立てた時のことだ。あまりにも巨大なため、キャタピラーや本体、ブームなどは分解されて現場に搬入する。その組み立て作業も若手技術者がデジタルリハーサルを行った。
「クローラクレーンのキャタピラーは非常に重いので、どこにどの向きで荷下ろしするかが重要になります。若手技術者が作ったシミュレーションではクレーンの組み立て後、ブームを上げるときに電線に引っかかることがわかりました。そこでキャタピラーの荷下ろし位置を再検討するよう指示しました。実際の施工時には、各部材の荷下ろし位置をスプレー塗料で現場にマーキングしました。そのおかげで手戻りは全くありませんでした。若手はたとえ多少3Dモデル作成の負担が増えても、それを上回る効果を実感し積極的に取り組んでいます」(江藤氏)。
初めての作業も、デジタルリハーサルだと何度も失敗しながら、段取りの感覚を身に着けることができる。若手技術者のオン・ザ・ジョブ・トレーニングのツールにもなっているようだ。
3D部品は外注、施工シミュレーションは内製化
デジタルツインによる施工管理は、様々なメリットがある一方、すべてのBIM/CIMモデルを現場で作っていると、モデル作成に時間が取られてしまい、最も重要な施工計画検討業務にかける時間が足りなくなってしまうジレンマに陥りやすい。
そこで、この現場では3D部品は外注して時間を節約する一方、これらの部品を仮想空間上に並べて作業をシミュレーションしながら施工計画を検討する業務は内製化している。
例えば、水圧鉄管の撤去・新設作業では、鉄管やリング型溶接足場、鉄管サポートなどの3D部品を東京都内の会社に外注してAutoCADのデータを作ってもらい、それらを組み立てる作業はAutodesk Navisworks やCivil 3Dを使って現場で行っている。
「デジタルツイン上で試行錯誤しながら施工手順をシミュレーションする作業は、現場担当者のコア業務として位置付け、内製化しています。この作業を外注化するとやり取りが増えてかえって手間と時間がかかってしまいます。土工モデルの法面調整などは現場の若手がCivil 3Dでサクッと行っています」と田中氏は言う。
モデルケース現場として社内で注目が集まる
KOLC+などのデジタル活用で生産性向上に取り組むこの現場は、大林組の中でもモデルケースとして注目を集めている。
「大長谷リプレース現場のやり方を導入したいと、全国の現場から多数の相談を受けています」と日暮氏は言う。
こうしたデジタル活用に結び付いたのは、所長を務める江藤氏が10年前に経験したある発電所建設工事での出来事があった。
「当時、機械や設備などの技術者が3DCADのモデルで仕事を進めているのに対し、土木の私たちは何十枚もある紙図面を使っていて、自分たちが何世代も遅れていることを痛感しました。その思いが、今の現場でのデジタルツイン活用につながっています」と江藤氏は振り返った。
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