SB C&Sとホロラボは、建物や土木構造物などのBIM/CIMモデルや3DCADモデルを、iPadでAR(拡張現実)/MR(複合現実)体験できるクラウドサービス「mixpace iPad版」を開発し、2019年12月にサービスを開始した。以前からのHoloLensに加えて建設業界で普及しているiPadも設計や施工計画の検討が行えるため、建設業におけるAR/MR活用にいっそう、弾みがつきそうだ。
iPadで実物大の現場をMR体験
2020年2月、大阪・西区のあるビルに、iPadによるMRの使い勝手を確かめるため、数人の技術者が集まった。
溶接作業に使うトーチを持ち、しきりに角度を変えながら床面近くで動かしていたのは、橋梁分野の3Dモデル作製を得意とするオフィスケイワンの代表取締役、保田敬一氏だ。
その様子を同社の臼井政人氏がiPadの画面を通してのぞき込む。画面上には鋼橋部材が交錯する部分の3Dモデルとともに、保田氏が動かす溶接トーチが重なって映し出されていた。実は橋梁工場で実際に溶接が行えるスペースの余裕があるかどうかを、MRによって確かめていたのだ。
「iPadで実寸大による施工性の確認ができると、現場でのMR活用が一気に加速しそうです。携帯に便利なので、現場に向かう車や電車の中で、事前に確認することもできそうですね」と、保田氏は語る。
建設業の生産性向上を高めるツールとして、設計や施工段階でBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)やCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)ソフトなどで作成した3Dモデルを、現場で実寸大により可視化できるMR(複合現実)やAR(拡張現実)の活用に注目が集まっている。
これまでは、MR専用デバイスの「Microsoft HoloLens」などを使う例が多かったが、ハードが高価なうえ、生産台数が少ないので入手が困難という面もあった。
しかし、最近の建設現場で普及しているiPad上でMRが使えるようになれば、ハードは安価で入手も簡単、しかも他の施工管理アプリと並行して使えるので、施工管理ツールとしてのMRがぐっと現実身を帯びてくるのだ。
BIM/CIMモデルを手軽にMR化
建物や橋梁など土木構造物のBIM/CIMモデルをiPad上でMR体験するためには、MR用のデータを作り、iPadに格納する必要がある。その作業に使ったのが、このほどホロラボとSB C&Sが開発・発売したクラウドサービス「mixpace」だった。
「これまで使っていた別のソフトでは、BIM/CIMモデルからコンバーターで文字情報や3Dモデルの形状を処理し、1つのデータにまとめ、さらにクラウドにアップしてデバイスにダウンロードするというように、いくつもの手順が必要でした。これらの作業に合計1時間くらいかかっていました」と臼井氏は語る。
「それがmixpace iPad版だと、BIM/CIMモデルをFBX形式で保存して、クラウドサーバーにアップするだけ。MR用データをiPadにダウンロードすれば、すぐにMRによる業務が行えます。全長約100mの鋼製鈑桁橋のCIMモデルだと、約17MBのファイルを処理するのに2分くらいしかかかりません」(臼井氏)という。
また、mixpace iPad版はクラウドサービスのため、BIM/CIMモデルデータをアップロードするパソコンには、特にアプリをインストールする必要はない。iPad側のアプリだけで使えるのだ。
「こんなに手軽に使えると、MRも3DPDFのような感覚で使えそうです」と保田氏は言う。施工手順を10~20段階くらいに分割した施工シミュレーションもMR上で再現できるので、施工計画を実寸大で時系列的に検証することも可能だ。
千葉・和歌山の駒井ハルテックでもMRを実施
保田氏は「橋梁業界では、スチール橋、コンクリート橋ともに詳細度(LOD)が300レベルの3Dモデルを活用する例が増えています。従来は発泡スチロールのモックアップで確認していた施工性を3Dモデルで検証したり、実際の部材を工場で組み立てて確かめる仮組み検査の代わりに3Dモデルで確認したりする例が増えてきたからです」と説明する。
今回の実験には、大手鋼橋メーカーの駒井ハルテックにも協力してもらい、使い勝手を検証した。オフィスケイワンがクラウドにアップしたデータを富津工場(千葉県)と和歌山工場でダウンロードし、同じモデルをiPad上でMRによって検討してもらったのだ。
駒井ハルテック ICT室長 片井邦広氏は「mixpaceのiPad版は手軽に場所を選ばず使えるため、設計部門と工場部門の異なる拠点間でCIMモデルの合意形成に大いに役立つソフトウェアだと思いました。将来はAR技術とCIMモデルを活用してバーチャルとリアルの差異を自動でチェックできるシステムなどさらなる発展に期待しています」と語る。
同じモデルを遠隔地で同じように検討できると、設計の説明や検討のために長距離の出張を大幅に減らすことができる。建設業につきものの「移動のムダ」がなくなることで、労働生産性も向上しそうだ。
発注者の立会検査にも有効
建設現場では、施工段階ごとに発注者が現場での検査に立ち会うことがよくある。こんな時、発注者とスケジュール調整を行ったり、監督官が役所のオフィスから長時間をかけて現場まで移動したりするのに時間と手間がかかっていた。
こうした立会検査にともなう「移動のムダ」削減にもiPadによるMR活用は有望だ。
「iPad上で設計のBIM/CIMモデルと現場をMRで合成し、その画面をインターネットで生中継して遠隔地にいる監督官に見てもらうことで、立会検査が行えそうです。そうなると移動時間が大幅に削減できるので、監督官の働き方改革にもつながるのではないでしょうか」と保田氏は語る。
また、オフィスケイワンは建設業の魅力アップにつなげようと、専門学校や工業高校の学生を対象にMRの体験イベントを行うこともある。そんなとき、数が限られたHoloLensを数十人の学生に順番に体験してもらうのは時間がかかっていた。
そんなときは、iPadも併用することでHoloLensを着けていない学生にもMRのコンテンツを見てもらいながら同時に説明が行えるうえ、HoloLensの実物大立体視の威力もよく理解してもらえるという一石二鳥の効果が得られそうだ。
なお、mixpace のライセンスは、HoloLens 2向けとiPad向けの両方を使うことができ、価格は10ユーザーで年間116万4000円(税別。mixpace Standard版)からとなっている。また、検証・短期ユーザー向けには60日間使用できる「mixpace trial版」も用意されており、価格は9万2000(同)とリーズナブルだ。
この価格でモックアップなどの試作費や移動のムダを削減できるとなると、コストパフォーマンスとしてはかなりよさそうだ。BIM/CIM時代の建設業関係者は、検討してみてはいかがだろうか。
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