傾いた壁や斜めに切り欠いたファサード―――竹中工務店が大阪市内で建設中の三栄建設鉄鋼事業本部新事務所では、「鉄のショールーム」としてボロノイ分割という幾何学を用いた斬新なデザインが採用されている。複雑な形状であるにもかかわらず、意匠設計ではグラフィソフトジャパンのBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)ソフト「ARCHICAD」が使われた。他社のソフトとも連携した「Open BIM」で、鉄骨工事会社として三栄建設も参画した設計・施工BIMは、世界からも注目されている。
“ボロノイ分割”で部署同士の交流を生み出す
大阪市大正区内で竹中工務店が建設中の三栄建設鉄鋼事業本部新事務所ビルの各部屋は、斜めに傾いた壁で囲まれている。一般的な直線の廊下や四角い部屋はほとんどない。
施主の三栄建設は、ビルの鉄骨工事を得意とする専門工事会社でもある。事業拡張のため、大阪府八尾市から大阪市に社屋と工場を移転するにあたって、社員数が120人から350人へと3倍近くも増えた。そのため、部署間や社員同士のコミュニケーションを生み出す仕掛けが必要だったという。
「このデザインに行き着いたのは、部署間のコミュニケーションを活性化させる狙いです。各部署のオフィス同士が階を超えて多様に結びつくよう、立体的、多面的な関係を生み出す『ボロノイ分割』という幾何学を用いた手法で設計しました」と竹中工務店大阪本店設計担当の田中盛志氏は説明する。
その設計には、各部屋に求められる面積を満たしながら、複雑な形状の部屋を最適に配置する、という難解なパズルを解くような作業が求められた。
そこで活用したのが、3Dモデルをデザインするソフト「Rhinoceros」と、そのプラグインソフト「Grasshopper」だった。両ソフトを組み合わせることで、数式とパラメーターに基づいて、複雑な3Dモデルを自動作成することができるものだ。
RhinocerosとGrasshopperの組み合わせによって、部屋の面積などの設計諸条件を満たす最適なボロノイ分割の形状を求めた。その後、意匠設計モデルとしてARCHICAD、構造設計はTeklaStructuresやMidas、設備設計はRebroに引き継がれ、それぞれの担当部門が設計を進めていった。
さらに3Dプリンターを使って、鉄骨の模型やサッシの実物大モックアップも作成。リアルな物による確認も行いながら、設計を固めていった。
施主自身が鉄骨工事を担当
三栄建設は施主でありながら、鉄骨工事を担当する協力会社でもある。鉄骨ファブリケーターとして高度な技術をもち、BIM活用に取り組んできた。
そこで竹中工務店が作成した3Dモデルデータを、鉄骨用BIMソフト「TeklaStructures」に取り込み、鉄骨ファブとして施工図作成を進めた。
今回の工事では、自社の技術力をアピールするために、社屋全体を「鉄のショールーム」にしたいという希望もあった。
「例えば鋳鋼を使った柱の接続部や、細い鋼管を工場で格子状に組んだクロスハッチブレース、ボロノイ分割をモチーフにしたデザインの『ボロノイ耐震壁』、そして柱と鉄骨基礎梁をつなぐコンパクトパイルキャップなど、他に類を見ない複雑な構造を積極的に取り入れました」と、竹中工務店設計本部アドバンストデザイン部門の内山元希氏は説明する。
三栄建設が作成した鉄骨のBIMモデルは、竹中工務店との定例会議で、Solibriによって意匠や設備のBIMモデルと重ね合わせて、干渉や整合性をチェックするなど施工上の問題点を事前に解決する「フロントローディング」も行っている。
「斜めの鉄骨や壁が多いだけに、2Dの平面図や断面図で設計をすべて表現するのは不可能です。そのため、BIMモデルで設計の合意を行った後、紙図面で契約するという方法を採りました」と、竹中工務店大阪本店設計部構造部門の大野正人課長は説明する。
そして、今回建設される現場は、ある鉄骨メーカーの工場があった場所だ。これにより工場の建屋やクレーンなどの設備一式を“居抜き”でそのまま利用することができ、工場と隣接していることから、部材を陸送することなく、工場から現場へとクレーンで直接搬入できるということも今回の複雑な設計に大きな助けとなった。
斜めの柱が交差するビル内部
工事現場に足を踏み入れると、垂直な柱は見当たらない。斜め方向に伸びる柱や梁が交錯する様子は、まるで鉄の幹や枝が林立しているような光景だ。
そして、部材を観察していくと、ところどころに「鉄のショールーム」を構成する特徴的な部材の数々が見つかった。
まず、目に付くのはボロノイ形状の「耐震壁」だ。この日の朝、隣の工場からクレーンで配置されたばかりの部材には、まだ建方用の補強部材が傾いて取り付けられていた。
これらの耐震壁は冒頭のCGのように意匠的に現しとしたデザインになっている。
穴がいくつか開けられているが、3DのFEM(有限要素法)解析によって、応力分布を計算してあるので強度は心配ない。
また、耐震壁に隣接し鋼管同士が十文字にクロスする部分など、大きな力がかかる部分の継ぎ手には、剛性の高い鋳鋼性の継ぎ手が採用されている。しかし、ひと目見ただけでは鋼管と鋳鋼部の境界がわからないほど、高精度の工場製作が行われていることがわかる。
そして、なによりも先進的なのは、斜めの柱に支えられながらも、正確な位置に取り付けられた梁だろう。
垂直な柱なら柱を建てるときに、測量しながら柱頭部を正確な位置で固定すればよい。しかし、斜めの柱は自立せず、たわみなどの影響もあって従来の方法が使えない。
「そこで編み出されたのが、屋上の梁を、仮足場によってあらかじめ正確な位置に固定していく方法でした。柱はその後に取り付けるという逆転の発想なのです」と、竹中工務店大阪本店
作業所主任の菱沼卓氏は説明する。
このときもARCHICADで検証された施工BIMモデルをベースに、柱部材を取り付ける建て方作業のステップごとに、鉄骨の変位を解析しておき、実際の作業と比べながら作業を行った。その結果、高精度な柱と梁の施工が実現できた。
OPEN BIMの実現場に世界が注目
RhinocerosとGrasshopperによるアルゴリズミックデザインで最適化した3D形状をARCHICADで意匠BIMモデル化。さらに構造はTeklaStructures、設備はRebroで設計を進めながら、Solibriで重ね合わせた。
異なるベンダーのBIMソフトを連携しながら、設計段階から施工段階まで、データをシームレスにつないでいった点で、ユニークな事例と言える。
竹中工務店の清水弘之執行役員は、2019年6月3日~5日に米国・ラスベガスで開催されたGRAPHISOFT主催の「Key Client Conference
2019」で今回の現場を紹介したところ、大きな反響があり、講演後は来場者から多くの質問を受けるシーンもあったという。
ほとんどが斜めの壁や柱からなる複雑なBIMモデルをARCHICADで作成したことや、高いLOD(詳細度)を持った施工モデルの作成、そして国内外の様々なBIMソフトを連携した「OPEN
BIM」の活用例として、世界からも大きな注目を浴びることとなった。
三栄建設鉄鋼授業本部新事務所は、2020年春に完成する予定だ。
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