傾く壁、「鉄のショールーム」の意匠設計にARCHICADを活用
竹中工務店と三栄建設が設計・施工BIMで連携(グラフィソフトジャパン)
2019年9月24日

傾いた壁や斜めに切り欠いたファサード―――竹中工務店が大阪市内で建設中の三栄建設鉄鋼事業本部新事務所では、「鉄のショールーム」としてボロノイ分割という幾何学を用いた斬新なデザインが採用されている。複雑な形状であるにもかかわらず、意匠設計ではグラフィソフトジャパンのBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)ソフト「ARCHICAD」が使われた。他社のソフトとも連携した「Open BIM」で、鉄骨工事会社として三栄建設も参画した設計・施工BIMは、世界からも注目されている。

斜めの壁で構成された三栄建設新事務所ビルのゲストエントランス

斜めの壁で構成された三栄建設新事務所ビルのゲストエントランス

   “ボロノイ分割”で部署同士の交流を生み出す

大阪市大正区内で竹中工務店が建設中の三栄建設鉄鋼事業本部新事務所ビルの各部屋は、斜めに傾いた壁で囲まれている。一般的な直線の廊下や四角い部屋はほとんどない。

施主の三栄建設は、ビルの鉄骨工事を得意とする専門工事会社でもある。事業拡張のため、大阪府八尾市から大阪市に社屋と工場を移転するにあたって、社員数が120人から350人へと3倍近くも増えた。そのため、部署間や社員同士のコミュニケーションを生み出す仕掛けが必要だったという。

「このデザインに行き着いたのは、部署間のコミュニケーションを活性化させる狙いです。各部署のオフィス同士が階を超えて多様に結びつくよう、立体的、多面的な関係を生み出す『ボロノイ分割』という幾何学を用いた手法で設計しました」と竹中工務店大阪本店設計担当の田中盛志氏は説明する。

ボロノイ分割の手法で区切られたオフィスのダイアグラム。一般的なオフィスにはない3次元的に複雑なつながりが形成されている

ボロノイ分割の手法で区切られたオフィスのダイアグラム。一般的なオフィスにはない3次元的に複雑なつながりが形成されている

従業員エントランス 内観CGパース。ボロノイ面が透過性のあるスクリーンで構成され、部署間の見通しもよい配置になっている

従業員エントランス 内観CGパース。ボロノイ面が透過性のあるスクリーンで構成され、部署間の見通しもよい配置になっている

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ARCHICADで作成したBIMモデルを建物の長手方向(上)、横断方向(下)に切断した断面パース

ARCHICADで作成したBIMモデルを建物の長手方向(上)、横断方向(下)に切断した断面パース

その設計には、各部屋に求められる面積を満たしながら、複雑な形状の部屋を最適に配置する、という難解なパズルを解くような作業が求められた。

そこで活用したのが、3Dモデルをデザインするソフト「Rhinoceros」と、そのプラグインソフト「Grasshopper」だった。両ソフトを組み合わせることで、数式とパラメーターに基づいて、複雑な3Dモデルを自動作成することができるものだ。

RhinocerosとGrasshopperによる部屋割りの設計。パラメーターを変化させることで、3Dモデルを連続的に自動作成できる

RhinocerosとGrasshopperによる部屋割りの設計。パラメーターを変化させることで、3Dモデルを連続的に自動作成できる

RhinocerosとGrasshopperの組み合わせによって、部屋の面積などの設計諸条件を満たす最適なボロノイ分割の形状を求めた。その後、意匠設計モデルとしてARCHICAD、構造設計はTeklaStructuresやMidas、設備設計はRebroに引き継がれ、それぞれの担当部門が設計を進めていった。

さらに3Dプリンターを使って、鉄骨の模型やサッシの実物大モックアップも作成。リアルな物による確認も行いながら、設計を固めていった。

RhinocerosとGrasshopperで決定した3Dモデルは、意匠、構造、設備の各BIMソフトに引き継がれ、設計を進めた

RhinocerosとGrasshopperで決定した3Dモデルは、意匠、構造、設備の各BIMソフトに引き継がれ、設計を進めた

BIMモデルのデータをもとに、3Dプリンターで作られた鉄骨の模型(左)と、サッシの実物大モックアップ(右)

BIMモデルのデータをもとに、3Dプリンターで作られた鉄骨の模型(左)と、サッシの実物大モックアップ(右)

   施主自身が鉄骨工事を担当

三栄建設は施主でありながら、鉄骨工事を担当する協力会社でもある。鉄骨ファブリケーターとして高度な技術をもち、BIM活用に取り組んできた。

そこで竹中工務店が作成した3Dモデルデータを、鉄骨用BIMソフト「TeklaStructures」に取り込み、鉄骨ファブとして施工図作成を進めた。

大阪市大正区に移転した三栄建設の鉄骨工場。新事務所ビルは手前の道路脇で建設中

大阪市大正区に移転した三栄建設の鉄骨工場。新事務所ビルは手前の道路脇で建設中

今回の工事では、自社の技術力をアピールするために、社屋全体を「鉄のショールーム」にしたいという希望もあった。

「例えば鋳鋼を使った柱の接続部や、細い鋼管を工場で格子状に組んだクロスハッチブレース、ボロノイ分割をモチーフにしたデザインの『ボロノイ耐震壁』、そして柱と鉄骨基礎梁をつなぐコンパクトパイルキャップなど、他に類を見ない複雑な構造を積極的に取り入れました」と、竹中工務店設計本部アドバンストデザイン部門の内山元希氏は説明する。

三栄建設が作成した鉄骨のBIMモデルは、竹中工務店との定例会議で、Solibriによって意匠や設備のBIMモデルと重ね合わせて、干渉や整合性をチェックするなど施工上の問題点を事前に解決する「フロントローディング」も行っている。

「斜めの鉄骨や壁が多いだけに、2Dの平面図や断面図で設計をすべて表現するのは不可能です。そのため、BIMモデルで設計の合意を行った後、紙図面で契約するという方法を採りました」と、竹中工務店大阪本店設計部構造部門の大野正人課長は説明する。

「鉄のショールーム」にふさわしい複雑な構造が多数、採用されている

「鉄のショールーム」にふさわしい複雑な構造が多数、採用されている

3Dモデルによる整合性確認と合意

3Dモデルによる整合性確認と合意

そして、今回建設される現場は、ある鉄骨メーカーの工場があった場所だ。これにより工場の建屋やクレーンなどの設備一式を“居抜き”でそのまま利用することができ、工場と隣接していることから、部材を陸送することなく、工場から現場へとクレーンで直接搬入できるということも今回の複雑な設計に大きな助けとなった。

鉄骨工場の内部

鉄骨工場の内部

鉄骨工場のすぐ奥で新事務所ビルの工事が行われている。工場でできあがった鉄骨はクレーンで現場に直送できる

鉄骨工場のすぐ奥で新事務所ビルの工事が行われている。工場でできあがった鉄骨はクレーンで現場に直送できる

   斜めの柱が交差するビル内部

工事現場に足を踏み入れると、垂直な柱は見当たらない。斜め方向に伸びる柱や梁が交錯する様子は、まるで鉄の幹や枝が林立しているような光景だ。

そして、部材を観察していくと、ところどころに「鉄のショールーム」を構成する特徴的な部材の数々が見つかった。

垂直な柱を見つけるのが難しい現場内部。鉄の幹や枝が林立しているようなイメージだ

垂直な柱を見つけるのが難しい現場内部。鉄の幹や枝が林立しているようなイメージだ

まず、目に付くのはボロノイ形状の「耐震壁」だ。この日の朝、隣の工場からクレーンで配置されたばかりの部材には、まだ建方用の補強部材が傾いて取り付けられていた。

これらの耐震壁は冒頭のCGのように意匠的に(あらわ)しとしたデザインになっている。

穴がいくつか開けられているが、3DのFEM(有限要素法)解析によって、応力分布を計算してあるので強度は心配ない。

ボロノイ耐震壁は設置中だったため、まだ建方用の補強部材が付いていた(左)

ボロノイ耐震壁は設置中だったため、まだ建方用の補強部材が付いていた(左)

また、耐震壁に隣接し鋼管同士が十文字にクロスする部分など、大きな力がかかる部分の継ぎ手には、剛性の高い鋳鋼性の継ぎ手が採用されている。しかし、ひと目見ただけでは鋼管と鋳鋼部の境界がわからないほど、高精度の工場製作が行われていることがわかる。

鋳鋼製の継ぎ手

鋳鋼製の継ぎ手

そして、なによりも先進的なのは、斜めの柱に支えられながらも、正確な位置に取り付けられた梁だろう。

垂直な柱なら柱を建てるときに、測量しながら柱頭部を正確な位置で固定すればよい。しかし、斜めの柱は自立せず、たわみなどの影響もあって従来の方法が使えない。

「そこで編み出されたのが、屋上の梁を、仮足場によってあらかじめ正確な位置に固定していく方法でした。柱はその後に取り付けるという逆転の発想なのです」と、竹中工務店大阪本店
作業所主任の菱沼卓氏は説明する。

このときもARCHICADで検証された施工BIMモデルをベースに、柱部材を取り付ける建て方作業のステップごとに、鉄骨の変位を解析しておき、実際の作業と比べながら作業を行った。その結果、高精度な柱と梁の施工が実現できた。

斜めの柱に支えられた屋上梁(左)の施工は、まず、梁を仮足場によって正確な位置に設置(右)してから、後で柱を取り付けるという逆転の発想によって行われた

斜めの柱に支えられた屋上梁(左)の施工は、まず、梁を仮足場によって正確な位置に設置(右)してから、後で柱を取り付けるという逆転の発想によって行われた

設計・施工にかかわった竹中工務店のメンバー。左から田中盛志氏、内山元希氏、大野正人氏、菱沼卓氏

設計・施工にかかわった竹中工務店のメンバー。左から田中盛志氏、内山元希氏、大野正人氏、菱沼卓氏

   OPEN BIMの実現場に世界が注目

RhinocerosとGrasshopperによるアルゴリズミックデザインで最適化した3D形状をARCHICADで意匠BIMモデル化。さらに構造はTeklaStructures、設備はRebroで設計を進めながら、Solibriで重ね合わせた。

異なるベンダーのBIMソフトを連携しながら、設計段階から施工段階まで、データをシームレスにつないでいった点で、ユニークな事例と言える。

竹中工務店の清水弘之執行役員は、2019年6月3日~5日に米国・ラスベガスで開催されたGRAPHISOFT主催の「Key Client Conference
2019」で今回の現場を紹介したところ、大きな反響があり、講演後は来場者から多くの質問を受けるシーンもあったという。

2019年6月3日~5日、米国ラスベガスで開催された「Key Client Conference 2019」で講演する竹中工務店執行役員の清水弘之氏(左)と、世界中からARCHICADの主要ユーザーが集まった会場風景(右)

2019年6月3日~5日、米国ラスベガスで開催された「Key Client Conference 2019」で講演する竹中工務店執行役員の清水弘之氏(左)と、世界中からARCHICADの主要ユーザーが集まった会場風景(右)

ほとんどが斜めの壁や柱からなる複雑なBIMモデルをARCHICADで作成したことや、高いLOD(詳細度)を持った施工モデルの作成、そして国内外の様々なBIMソフトを連携した「OPEN
BIM」の活用例として、世界からも大きな注目を浴びることとなった。

三栄建設鉄鋼授業本部新事務所は、2020年春に完成する予定だ。

三栄建設鉄鋼事業本部新事務所の完成予想図

三栄建設鉄鋼事業本部新事務所の完成予想図

【問い合わせ】
グラフィソフトジャパン株式会社
<本 社>
〒107-0052 東京都港区赤坂3-2-12 赤坂ノアビル4階
TEL:03-5545-3800
<大阪事業所>
〒532-0011 大阪市淀川区西中島7-5-25 新大阪ドイビル6F
TEL:06-6838-3080 ウェブサイト www.graphisoft.co.jp
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