シンガポールの国有インフラ開発会社、サーバナ・ジュロン(Surbana Jurong)は、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)と没入型VR(仮想現実)を融合した設計コラボレーション施設を構築した。同国政府が推進する次世代BIM活用戦略「IDD」に対応したものだ。さらにドローンやプログラミングなども活用しながらBIMによる設計の生産性向上を目指す同社幹部を直撃取材した。
BIMとVR cloudで設計コラボを実現
「BIMはこれまで7日間かかっていた設計作業を、わずか10秒に短縮できる可能性を秘めています」―――こう語るのは、サーバナ・ジュロンのシニア・ディレクター、ユージン・シア(Eugine Seah)氏だ。
ユージン氏がこれほどまでに、BIMによる生産性向上を追求する背景には、シンガポールでのBIM活用がさらに高度化してきたことがある。
その背景には、シンガポール政府が2017年から提唱する次世代BIM戦略、「IDD(インテグレーテッド・デジタル・デリバリー)」への対応がある。
アジア太平洋地域から北米、南米、さらにはアフリカなど、世界各地のプロジェクトを手がけるサーバナ・ジュロンは、2015年にBIMの活用を検討する専門部署を立ち上げ、17年にBIMとデジタルデザインを担当するBIM部門に拡張した。
そしてBIMによる設計の生産性を高めるためにシンガポール本社に設けたのが、「CAVE(ケーブ)」という施設だ。
ARCHICADなどで設計したBIMモデルをVR化し、5面のスクリーンに投影できる装置だ。3Dメガネをかけてスクリーンの前に立ち、上下左右を見回すと実寸大の立体映像に包まれて、まるで完成後の建物の中にいるような錯覚に陥る。
「各国のCAVEを、クラウドシステムを介して連携することで、設計者同士がまるで同じ会議室で話し合っているように、高度なコラボレーションが行えます。また、CAVEがないところは、VRゴーグルを装着することで会議に参加できます。この“CAVE to CAVE”、“ゴーグル to CAVE”のおかげで、会議のために時間を合わせて集まったり、移動したりする必要がなくなります。設計の生産性向上にはうってつけの設備です」(ユージン氏)
サーバナ・ジュロンは、GRAPHISOFTが提供するクラウドサービス、「BIMcloud」をシンガポールで先駆けて導入した企業の1社だ。従来のCAVEは、プロジェクト関係者が1カ所に集まって設計を検討する場所として使われることが多かったが、これらをクラウドで統合したのは同社ならではの取り組みだ。
プレハブ化までをBIMで統合するIDDとは
サーバナ・ジュロンが対応を急いでいるIDDとは、いったい、どんな戦略なのだろうか。
シンガポールでは2015年から、床面積5000m2を超える建物は建築確認申請で意匠、構造、設備のBIMのモデルデータが義務づけられた。
その影響は設計事務所にとどまらず、建設会社にもBIMを使った設計・施工プロセス「VDC(バーチャル・デザイン&コンストラクション)」の考え方が根付き、施工段階でもBIMが幅広く使われるようになってきた。
さらに2017年から、シンガポールでBIM普及をけん引してきたシンガポール建築建設庁(以下、BCA)は、工場でのプレハブ化もBIMのワークフローに取り入れた「IDD」という新戦略を掲げ、さらなる生産性向上を目指している。
IDDには「デジタルによる設計」、「デジタルによる資産、工程管理」、「デジタルによるプレハブ化」、「デジタルによる建設」の4要素が含まれている。
従来のVDCに、「デジタルによるプレハブ化」、つまり工場製作のプロセスをBIMのワークフローに組み込み、クラウドでリアルタイムに連携させる点が、IDDの特徴だ。
そのシナリオでは、最新の自動化技術がふんだんに組み込まれている。
例えば、設計ではパラメトリックデザインやAR(拡張現実)などの活用、工場製作ではロボットやセンサー、ジャスト・イン・タイムの工程管理、施工ではドローンや現場でのBIM活用、そして維持管理ではモバイル端末やスマートFM(維持管理)を活用し、データを連携させるイメージだ。
ドローンやプログラミングも活用し、IDDに対応
サーバナ・ジュロンは、世界40カ国に120カ所以上の拠点を持ち、合計1万4000人以上の従業員を要する国際的企業だ。米国ENR誌の「2018年トップ国際設計事務所ランキング」で、25位にランクされた。前年は35位だったので、その急成長ぶりがうかがえる。
そのため手がける設計業務も幅広く、建築・土木から構造、設備、GIS、さらにはビジュアライゼーションなどにわたる。
「これらの業務の特性や発注者の指定に応じて、BIMソフトもARCHICADだけでなく、他社のソフトも多く使っています」とユージン氏は説明する。
そしてBIMによる設計を効率化するために、併用しているのがドローン(無人機)だ。「既に何年も前から、埋め立て地や造成工事などの測量や進ちょく管理、出来形管理などにドローンを使っています。2017年には、シンガポールF1レースの会場のセキュリティー検討にも、ドローンの空撮映像を使いました」(ユージン氏)。
また、BIMソフトなどをプログラムによって動かし、設計作業の自動化にも取り組んでいる。プログラミングを担うのはBIM・設計技術の専門家であるエリック・リム・ユンメイン(Ar. Eric LIM Yeung Mein)氏だ。
「ソフトはできるだけ簡単に使えるものが好ましく、一つの作業に10回もクリック操作が必要なソフトはよくありません。そこで、BIMソフトを独自開発のプログラムで制御し、寸法の自動決定や様々な解析、収束計算などを行い、効率的に設計が行えるようにしています」とユンメイン氏は説明する。
AI、ロボットの活用も視野に
現在、移民を多く受け入れることにより、労働者の層が厚いシンガポールだが、近い将来、日本と同じく少子高齢化の時代がやってくる。その時を見越して、サーバナ・ジュロンではAIを使った将来予測や、ロボットを活用した生産プロセスへの取り組みも始めた。
「当社ではプレハブを活用して生産性を向上させるためDFMA(デザイン・フォー・マニファクチュア&アセンブリー。製造・組み立て容易性設計)を実践しています。ロボットの活用では現場より工場が先行しています。このDFMAこそがロボット活用への第一歩となるわけです」(ユージン氏)。
BCAによると、2018年度にはデジタルによる設計と施工のプラットホームを整備し、19年度にはデジタルによるプレハブ化と資産・工程管理のプラットホームを整備する予定だ。
これと並行してIDDのパイロットプロジェクトも18年度に5~8件、19年度に10~15件、20年度に25~30件のペースで行っていく予定だ。そして、2025年までに建設業全体の生産性を25~35%向上させる目標がある。
「IDDは決して新しい概念ではありません。航空機や船舶、石油掘削プラントなどの分野では、10年以上前から導入されています。例えば、エアバスA380型機は、すべて3Dで設計され、フランスや英国、ドイツなどの工場で作られた部品が1つの機体として組み立てられます。建設業もBIMで、従来の建設プロセスを本格的に改善する時代になったのです」とユージン氏は締めくくった。
GRAPHISOFTは2011年にシンガポールオフィスを設置し、本格的にARCHICADの販売を始めた。以来、毎年の販売本数は30~50%の伸びを続けており、その60%が大企業、その43%がサーバナ・ジュロンのような多数の専門分野を持つ設計会社だ。
シンガポールオフィスのスタッフは、BIMについての技術サポートや教育プログラム、政府が運営する建設教育機関「BCAアカデミー」でのBIM講座などを通じて、ARCHICADの現地ユーザーに対するサポートに努めている。
【お知らせ】 サーバナ・ジュロンの関係者が2018年9月4日(火)東京、7日(金)大阪で開催されるGRAPHISOFT JAPAN BIM CONFERENCE 2018に登壇します。参加は無料です。詳細、参加申込みはこちらから↓ https://www.graphisoft.co.jp/event/bim_seminar/2018/gsjbim_conference2018.html |
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