国土交通省は内閣府の「官民研究開発投資拡大プログラム」(略称:PRISM)を活用し、「建設現場の生産性を飛躍的に向上するための革新的技術の導入・活用に関するプロジェクト」を進めている。大林組コンソーシアム(大林組・伊藤忠テクノソリューションズ)は2019年度プロジェクトの試行業務として、冠山峠道路第2号トンネル(発注:国土交通省近畿地方整備局)を対象に「クラウドを利用したトンネル現場岩判定会議の遠隔参加」に取り組んでいる。
岩判定会議への遠隔参加を目指して開発
この技術は予測型CIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)をベースとした施工情報をクラウド上で発注者や第三者と共有し、web会議を用いてリアルタイムで切羽と遠隔地において岩判定会議を可能とするものだ。
現在は、システム開発を進めており、今後、実際の施工現場で試行する予定だ。では、この技術の構成要素である「予測型CIM」とは、いったい、どんなものなのだろうか。
開発のきっかけは、山岳トンネルを内側から支えるロックボルトや覆工コンクリートなどの支保パターンを決める「岩判定会議」と呼ばれる合意形成会議にあった。
山岳トンネルの建設では、設計段階で地山状況を調査し、その条件に応じてあらかじめ支保パターンを決めておくが、実際に掘ってみると設計と異なる地山が出てくることがある。そんなときは、施工者や発注者、第三者がトンネル掘削最前線である「切羽」に集まり、地山の観察結果や計測結果などの情報をもとに、最適な支保パターンへと修正を行う。
このように岩判定会議は山岳トンネル工事の品質や安全性だけでなく、コストや工期にも大きな影響を与える重要なものなのだ。
「福井県と岐阜県の県境に位置する冠山峠道路第2号トンネルの岩判定会議では、発注者3人と施工者3人、それに第三者2人くらいが集まって行います。そのため、日程調整や移動、準備に時間と労力がかかります。掘削に伴って突然、地山の状態が変わったときなどは、日程調整の都合がつかず、現場がストップすることもあります」と大林組トンネル技術部の上級主席技師、木梨秀雄氏は説明する。
このほか、現場への移動にかかる時間も悩みの種だ。同トンネルは近畿地整福井河川国道事務所の管轄工事で、事務所から現場までは車で片道2時間程度がかり、会議を含めると丸一日近い時間がつぶれてしまうことになる。発注者からも遠隔で会議に参加したいという声が聞かれた。
こうした課題を解決するため、前方地山の地質性状を可視化できるようにしたのが「予測CIM」(既開発技術)だ。さらに施工情報をクラウド上に構成して関係者と情報共有を図り、切羽と遠隔地でリアルタイムなWeb会議を行えるシステムを構築することに取り組んでいるのだ。
岩盤情報を一元管理する予測型CIM
従来は、当初設計時の岩盤情報やトンネル坑内からのボーリングや弾性波探査などの情報、施工結果情報がそれぞれ別々の資料として用意され、互いに見比べながら岩質などに変化が現れる場所を推定していた。
この作業を誰でもわかりやすく、スピーディーに行えるようにしたシステムが予測型CIMだ。従来の山岳トンネルCIMに前方探査結果を組み込むことで、前方地山の地質構造の三次元的に「見える化」することができる。
構成要素は大きく分けて(1)前方探査情報、(2)当初設計情報、(3)施工結果情報からなる。このうち、本試行での(1)前方探査情報は、長さ50mのノン削孔検層3本、長さ100mのコアボーリング1本、坑内弾性波探査からなる。
「予測型CIMのメリットは、それぞれの情報を一つのツールを使って一元的に管理できることです。前方地山の状況がわかりやすいので、情報をさらにうまく活用できます」と木梨氏は説明する。
「クラウド上に予測型CIMを構築することで、関係者全員が共通の認識ができ、対策工検討の効率化や余裕を持った岩判定会議の調整が行えるようになり、このシステムが確立すれば掘削工程への影響を大きく軽減することが見込めます。」と、大林組生産技術本部
トンネル技術部 技術第二課主任の鈴木拓也氏は語る。
従来、バラバラだった前方地山の情報を、3Dソフト上に統合して表示し、各情報を重ね合わせて見られるようにしたことで、これまでわかりにくかった地山状況の変化をスピーディーかつ総合的に判断できるようになったのだ。
地山情報の見え方がガラリと変わった
三次元空間上で、各種の前方探査情報を重ね合わせて表示した結果、地山情報の見え方がガラリと変わった。
例えば、これまで「点と線」のデータだったノンコア削孔検層のデータは、間の空間を補間することで、切羽前報地山の断面図としてとらえられるようになった。そして真ん中のコアボーリングデータが、岩質や岩種についての情報を裏付けるといった具合だ。
さらに、孔内弾性波探査(TSP303)によるP波速度の分布図を重ねて見ることによって、断層の位置や岩盤の硬さなどの空間的な分布が見えてくる。そして岩盤の状況が大きく変わりそうな部分が、従来よりも鮮明に見えてくるのだ。
これらの情報をクラウド上で関係者と共有することで、情報認識の迅速化が図れ、工程の把握や岩判定会議の調整が容易になる。
予測型CIMから岩判定会議の資料を自動作成
岩判定では三次元モデルで統合化した予測型CIMによる情報伝達方法に加え、一定の区間ごとに下記のような帳票を作成し、クラウド上にアップロードすることで会議の資料とする。要点をおさえた情報を1枚に集約させることで、岩判定の高度化・効率化を図ることが狙いだ。
従来、岩判定会議の際には、事前に分厚い紙の資料を一枚ずつ手作りするという煩雑な作業が必要だった。それが統合された予測型CIMから1枚の帳票を作成できるようになった。まるでCIMモデルから様々な図面を切り出すのと同じように、岩判定用の資料作成も自動化したのだ。
さらに紙の資料では見えにくかった地質構造が三次元モデルやこの帳票から一目瞭然でわかるようになり、支保パターンの選定についてより的確な判断が下せるようになった。
前方探査情報を得るための技術
予測型CIMに入力する切羽前方の地山情報も従来のアナログな定性的データから、デジタルな定量的データへと変わり、データ化も自動化されてきた。それぞれのデータがどんな方法で得られているのかを紹介しよう。
(1)ノンコア削孔検層(切羽前方探査システム「トンネルナビ」)
ノンコア削孔検層とは、ドリルジャンボに設置された専用の計測システムを利用して得られる削孔データから、切羽前方の地山の地質特性を数値的に評価するものだ。トンネルナビは地山特性(地山の硬軟など)とフィード圧の変動影響を含んでいる削孔速度から、フィード圧の変動影響を除去するよう換算した「正規化削孔速度比」を得ることで、従来の削孔検層では困難であった地山等級の予測を可能としている。
今回の工事では切羽から三本の調査を行っており、三次元モデル化にあたって前方地山予測の高度化を図るために、それぞれの線状データを用いて「地球統計学クリギング」と呼ばれる手法によりボーリング間を空間的に補間する三次元モデルを作成した。
(2)コアボーリング
コアボーリングはPS-WL工法(パーカッションワイヤラインサンプリング工法)を用いて、断面に1本、切羽の中央部より実施している。三次元モデル化は採取したサンプル試料から判断した岩種や性状ごとに色分けして円柱上のモデルとして表示した。
(3)孔内弾性波探査(TSP303)
TSP303は、坑内で小規模発破を連続的に行いながら、弾性波をトンネル前方へ伝搬させ、弾性波が物性の異なる境界面で反射される現象を利用して、切羽前方の断層・破砕帯・地層境界面の位置や方向、弾性波速度(P波、S波速度)などを、空間的に把握するものだ。三次元モデル化は、空間的な弾性波速度の分布を確認するために、3次元速度分布解析結果(水平断面)を使用した。
さらなる生産性向上を目指すクラウド化
予測型CIMの岩判定への活用により、地山の変化点がわかりやすくなったことで、岩判定会議の高度化・効率化が可能となった。また、クラウド上で常時、情報共有ができるため、日程調整の都合が合わないという理由で掘削工程に影響を与えることもなくなる。
しかし、大林組コンソーシアムはさらなる生産性向上を目指して、開発を進めている。それは岩判定会議自体を、クラウド活用によるWeb会議で実施するシステムだ。
「クラウド上で岩判定会議を行えるようにすれば、建設業につきものの“移動のムダ”が大幅に削減され、さらに生産性向上が期待できます」と大林組技術研究所地盤技術研究部の主任研究員、森拓雄氏は説明する。
大林組コンソーシアムでは、伊藤忠テクノソリューションズの情報共有プラットフォーム「CIM-LINK」をベースにして、システムの開発や現場での活用に取り組んでいる。
伊藤忠テクノソリューションズ 建設ビジネス推進部 部長代行兼建設営業課長の大島茂行氏は「CIMモデルをクラウド上で作成・操作する機能や、帳票の自動作成機能の開発などを行い、クラウド上での岩判定を実現したい」と、語っている。
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