鴻池組は、東京大学本郷キャンパスでAR(拡張現実)技術を使った実証実験を行った。マイクロソフトのAR用デバイス「HoloLens」と、インフォマティクスのARソフト「GyroEye Holo」を使い、工事現場に実寸大のCAD図面やBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)モデルを重ねて表示して、どのような施工管理が行えるのかを調べたのだ。現場でこのシステムを体験した技術者の声を直撃取材した。
実際の現場に実寸大のCAD図面を重ねる
東京大学本郷キャンパスで建設中の理1号館の4階フロアは、図書館となる部分だ。この空間をバーチャルリアリティー(VR)用のゴーグルのようなものを着けて見回しているのは、この建物の施工を担当する鴻池組の小野孝所長だった。
小野氏の目には、施工中の現場風景にピッタリと重なるように表示されたCAD図面が見えているのだ。
「現場にある軽量鉄骨の角をHoloLensで見ると、CAD図面の角とピッタリ合っていることがわかりました」と小野所長は語る。
小野所長が着用しているのは「Microsoft HoloLens」というAR(拡張現実感)用のデバイスだ。VR用のヘッドマウントディスプレーと似ているが、Windows10で動くCPUを搭載しており、独立して動作するホログラフィックコンピューターである点が異なる。
タブレット端末のように、左右両眼用のカメラや様々なセンサー、通信機能を搭載しているほか、周囲の壁や柱、床などの3D形状をリアルタイムで計測できる「デプスセンサー」という3Dスキャナー機能も搭載しているのが特徴だ。
重さは579gと軽く、内蔵バッテリーで3時間程度は連続稼働できる。USB端子にモバイルバッテリーや電源をつないで使うことも可能だ。
現実の現場風景に、ピッタリ合うように実寸大のCAD図面を表示する機能は、インフォマティクスが開発した「GyroEye Holo」というAR/VRソフトが担っている。視点位置や高さ、視野角に合わせて実寸のCAD図面が追従するように表示するのだ。
「スリーブや鉄筋の確認には十分な精度」
実験に先立って行ったのは、図面と現場との位置合わせ作業だ。今回の実験では、パンフレットの紙を「原点」として使った。
原点から離れた場所の位置や視野の方向は、周囲の壁や床などをHoloLensに搭載された「デプスセンサー」という赤外線を利用したリアルタイム3Dスキャナーで割り出す仕組みだ。これは、マイクロソフトのゲーム機「Xbox」でジェスチャーを認識するのに使われるデバイス、「Kinect」と似ている。
それもそのはず、KinectとHoloLensは、同じ技術者が開発を担当しているからなのだ。
小野所長は、現場を歩き回りながらCAD図面と現場を突き合わせながら、メジャーで所々の寸法を測った。時々、首を上下左右に振って、CAD図面が現場に追従するかどうかを確かめたりもした。
その後、小野所長は「スリーブやコアなどの位置や、鉄筋本数などの数量を確認する業務には、十分に使えそうだ」と語った。
これまでは、図面とメジャーを現場に持って行って、目印となる点からの寸法を1つ1つ測りながら正しい位置に施工されているかを確かめていた。目印がないところや、手が届かない天井や梁の場合などの位置確認をするのは、大変な手間ひまがかかっていた。
それが、HoloLensとGyroEye Holoを使うことで、現場を見るだけで図面と現場が食い違っているところがわかる。これは生産性向上や施工ミスの撲滅に大きな効果を発揮しそうだ。
何もない天井に設備のBIMモデルを表示
この日は、BIMソフトで設計した設備の3Dモデルを現場内に表示する実験も行われた。現場の天井を見上げると、今は床スラブと梁しかない現場空間に、これから施工される配管やダクト、空調機の吹き出し口ユニットや配管などが空中に漂っているように見えた。
現場での実証実験に参加したダイダンの谷川尚志氏は「これから設置される設備のBIMモデルが現場で見られると、専門工事会社間の連携に役立ちそうです。例えば、天井裏の設備が全部、取り付けられているかどうかを確認した後、内装会社が天井板を張るようにすると、無駄な手戻りが発生しません」と語った。
「また、建物の改修工事を行うときに、天井裏の設備を“透視”するように使うと、メインダクトからの分岐位置を施工前に検討したり、天井板を撤去する範囲を最小限にしたりという効果もあるでしょう」(谷川氏)。
墨出し作業や屋外使用を視野に入れた開発計画
GyroEye Holoを開発するインフォマティクスの元には、建設会社などから機能の追加や改善の要望が相次いでいる。
「現在、CAD図面の線幅は、現場上では1cm程度に見えるが、これは設定で細くできるだろう。また、将来、精度が向上すれば墨出し作業に使えそうだ」と小野所長は語る。
施工管理業務では、設備や躯体などについての点検結果を現場で見たときに残しておきたいというニーズもある。また、HoloLensは屋内での使用が推奨されているが、屋外現場での使用を期待するユーザーも多い。
現在はBIMモデルの表示は実験段階だが、製品にも3D機能を盛り込んでほしいという期待も高い。
インフォマティクスでは、これらの要望に応えるべく、開発作業を急いでいる。屋外での使用については、HoloLensにサングラスをかけて実験したところ、屋外での使用でも好結果を得たという。
このほか、現場とCAD図面の位置合わせをした原点から離れるほど、現場とCAD図面との誤差は大きくなる。この誤差を小さくする方法についても、開発を急いでいる。
GyroEye Holoの発売は2017年8月ごろが予定されており、価格はHoloLensを除き70万円程度になりそうだ。なお、この価格には既に発売されているiPhoneにてVR書き出しが可能なGyroEyeデータコンバータも含まれている。
現場と設計室との間で、図面データを共有するために、クラウド型のコンテンツマネジメントシステム「Gyro CMS」も同時に発売される。
ARが施工現場で使われるようになることで、BIMモデルの活用は設計段階にとどまらず、施工や維持管理までさらに広がりそうだ。工事現場の生産性向上を後押しするシステムとして、GyroEye
Holoに対する期待はますます高まりそうだ。
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