インフォマティクスは、MR(複合現実)デバイス「Microsoft HoloLens」を、原点から数十メートル離れても±1cm程度の高精度を出すことに成功した。インフォマティクスのMRソフト「GyroEye Holo」とトプコンの墨出し用測量機「LN-100」と連携させることにより、現在位置をトータルステーション並みの精度でリアルタイム計測できるようにしたためだ。東京・渋谷のある建築現場で行われた実験を直撃取材した。
原点から30m離れても±1cmの誤差
2019年6月下旬、東急建設 が施工している東京・渋谷のある建設現場の一角に、トプコンの「LN-100」が置かれていた。HoloLensを付けた技術者が現場を歩き回ると、LN-100はその技術者がいる方向を自動追尾していく。技術者は原点から30mほど進んだとき、「床の墨とずれていないです」と叫んだ。
これは、HoloLensとLN-100を連携させることにより、HoloLensの精度を画期的に高めるための実証実験の一コマだ。
3次元モデルで建物や土木構造物を設計するBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)やCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)を活用する東急建設は、HoloLensを施工段階で活用し、生産性向上を図る取り組みを進めている。
実際の現場の風景に重ねて、建物や土木構造物の3Dモデルを表示することで、現場の床に仕切り壁や設備を取り付ける位置を描く墨出し作業や、設計図通りに構造物が造られているかを確認する出来形管理の効率を大幅に高めようというのだ。
しかし、HoloLens単体だと3Dモデルと現場の位置を合わせる精度に問題があった。それは、現場と3Dモデルの位置や向きを合わせるために、原点に置かれたマーカーから10m離れると現場と3Dのずれ が3~4cmくらい出てしまうことだ。もっと離れるとずれはさらに大きくなる。
そこでインフォマティクスは、トータルステーション級の精度を持つLN-100の測位データとHoloLens用のアプリ「GyroEye Holo」をリアルタイムに連携させ、高精度化を測ったのだ。
現場に革命を起こした“望遠鏡のない測量機”
トプコンのLN-100は、トータルステーションと同等の測位精度を持ちながら、工具感覚で使える測量機だ。操作はプリズム側からタブレット端末やスマートフォンによって遠隔操作できるため、測量機に付きものの望遠鏡はない。
LN-100とBIM/CIMモデル連携させることで、作業員1人で墨出し作業や出来形管理などを行い、生産性向上を実現している建設会社が増えている。
そこでインフォマティクスは、HoloLensの現在位置をLN-100で測るため、ヘルメットの上に測量用のプリズムを取り付け、自動追尾させる方法を考えた。LN-100からリアルタイムに送られてくる高精度の測位データをGyroEye Holoと連携させてHoloLensの現在位置をトータルステーション並みの精度で求めようというのだ。
インフォマティクスは、わずか1カ月ほどでLN-100との連携機能を開発した。「HoloLensやLN-100は、外部から機器を制御できる『API』というデータ交換の仕様が公開されています。今回は両方のAPIを使ってGyroEye Holoと連携させることで、スピーディーな開発が行えました」とインフォマティクス事業開発部の金野幸治マネージャは説明する。
HoloLensの高精度化で意外な発見も
実験では建設現場のL字形通路の曲がり部にLN-100を据え付け、通路の一端で現場とBIMモデルの位置合わせを行った。その後、プリズム付きヘルメットとHoloLensを着用した技術者が通路を往復しながら、現場とBIMモデルのずれがどれだけ出るかを確認した。
その結果、これまでのHoloLensとは別物のような高精度のHoloLensに変身することがわかった。
「原点から30m離れても誤差は±1cm程度しかなく、現場とBIMモデルがぴたりと重なっているのに進歩を感じます」、東急建設BIM推進部の三瓶亮氏は語る。
つまり、従来にくらべて精度は20倍ほど向上したことになる。実験はL字形通路コーナー部にある原点と、30m先の端部の墨位置との2点間で位置合わせを行い、もう一端の墨位置において誤差がどの程度かを測定した。
ずれが1㎝程度になった理由は、最初の位置合わせの2点間のずれが5㎜程度あったことで、その位置に相当するずれ幅として、1㎝の誤差が生じてしまったことが考えられる。
建築現場では施工性を考えて、建物の躯体に合わせて部分的に墨出しを行うことが多かったが、原点を基準とした絶対座標でみるとBIMモデルとずれていることがある。今後はそのようなずれでさえも、HoloLensとLN-100の連携によって、一目でわかるようになるのは、大きな収穫と言えるだろう。
HoloLensの活用範囲が大幅に拡大
この高精度が実現できたことで、HoloLensの現場での活用方法は、大きく広がりそうだ。
「これまでは、設計図から寸法を拾い、2人1組になってメジャーなどを使いながら、現場上の位置を“点と線”によって求め、墨出しや出来形管理を行っていました。しかし、HoloLensでBIMモデルや図面を現場の上に実寸大で見えるようにすると、現場の床に直接、墨出しを行ったり、施工の誤差などを一目で発見したりできます。施工管理の効率は大幅に高まりそうです」と東急建設の現場工務長、大山茂雄氏は語る。
従来のマーカーを原点に置く方法でも、墨出しを行うことができたが、精度上の問題で配管やダクトを床スラブからつり下げる「インサート」や、小規模な展示ブースの施工などに限られていた。
今回、HoloLensの精度が大幅に向上したことで、仕切り壁や建具などの建築部材や、洗面台や便器などの設備部材の墨出しや出来形管理など、活用範囲が大幅に拡大することは確実だ。
今後、少子高齢化による人手不足の影響がますます深刻になる建設業界では、工事現場用ロボットの活用が進むことは確実だ。そのとき、現場での墨出しや出来形管理は、従来のようにローカルな壁や通り芯からの相対的な位置情報では、ロボットは混乱し、逆に「施工ミス」を誘発する恐れもある。
そこで、フロア内に設けた原点を基準としたXY座標によって、整合性のとれた位置情報の管理が求められることになる。そのとき、座標値は桁数が多く、きりの悪い数字となり、逆に人間にはわかりにくくなる。
しかし、HoloLensで設計と現場を高精度で比較できるようになれば、座標値の問題は解決できる。HoloLensはロボットと人間が同じ座標系を使いながら、共同作業するためにも欠かせないツールになりそうだ。
実証実験の動画
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