MR(複合現実)デバイス「Microsoft HoloLens」を使ってコンクリートのひび割れを空中スケッチ―――和歌山県内で鴻池組JVが施工中の国道371号 仮称 新紀見トンネルの現場で、インフォティクスが開発したHoloLens対応のMRソフト「GyroEye Holo」をカスタマイズした「トンネルMR」を使って3Dモデル上に線やマークなどの情報を書き込むという世界初の実験が見事、成功した。現場で書き込まれたデータは、トンネル展開図として保存され、次回の点検や維持管理に生かされる。その現場を直撃取材した。
HoloLensの3D空間でスケッチ
「HoloLensの画面に見える白い点をつまんで、トンネル壁上をチョークみたいに動かしてみてください」「あ、線が引けました」。こんなやりとりが行われたのは和歌山県橋本市内で鴻池・三友・藤平JVが施工中の国道371号新紀見トンネル(仮称)の工事現場だ。
BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)ソフトやCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)ソフトなどで作成された建物や土木構造物の3DモデルやCAD図面などを、実物の現場に重ね合わせて見られるMRデバイス「Microsoft HoloLens」がここ数年、建設業界で注目を集めている。
しかし、これまではHoloLensにインプットされた3Dモデルや情報などを、現場で見るだけで、データの書き換えや更新はできなかった。それが、今回、インフォマティクスが開発したソフト「GyroEye Holo」をカスタマイズした「トンネルMR」で実現できた。
「HoloLensを通して、3DモデルやCAD図面のデータを更新するのは、おそらく世界初の試みでしょう」と、鴻池組 土木技術部施工技術1課の若林宏彰課長は説明する。
今回の実験では、トンネル壁面にひび割れや水漏れ箇所などがあることを想定して、ひび割れをHoloLens上で空中スケッチする実験を行ったほか、水漏れ箇所に漏水マークを張り付けたり、文字でメモを残したりする機能が動作することを確かめた。
空中で数回のエアタップ操作をするだけで作画
HoloLensを使っての“空中スケッチ”などの機能が開発されたきっかけは、トンネルの検査を行う調査会社の技術者から寄せられた生の声だった。
これまでのトンネル壁の維持管理では、コンクリート壁面を技術者が「近接目視」して、ひび割れなどの箇所に沿ってチョークでマーキングする一方、トンネル内面の展開図にも同様の記録を残すという方法で行っていた。
「しかし、チョークで書いた線は、水で流れてしまったり、排気ガスの汚れで見えにくくなったりして、次回の調査時には見つけることすら難しいことがよくありました。そこでチョークの代わりにHoloLensが使えたら、調査業務が効率化できるのではという現場の声から開発がスタートしました」と、インフォマティクス事業開発部の金野幸治マネージャは語る。
HoloLensには従来のパソコンのようなマウスもないし、VRゴーグルのようなコントローラもない。いったい、どのようにひび割れのスケッチを行うのだろうか。
HoloLensでは、マウスと同様の入力を視点(HoloLensの向き)と2本の指の動きによって行っている。つまり視線がカーソルの位置の動き、親指・人差し指を開閉する動作がクリックの代わりになる。
HoloLensを装着すると、目の前にはメニュー画面が現れ、「ひび割れ」「水もれ」「メモ」などの文字が書かれたエリアがある。そこで「ひび割れ」のエリアに視点を合わせてL字形に開いた2本の指を素早く閉じるように動かすことで、ひび割れのスケッチ機能が立ち上がるのだ。
すると今度は白い点が現れる。これがひび割れを書いていくための「チョーク」に相当する。ひび割れの連続線を描く要領で、視点を動かしつつ2本指でつまむ操作を繰り返すことで、連続線の頂点が描かれていく。傍目には、“空中スケッチ”をしているようにしか見えないのだが、データ上は壁面上のひび割れ位置に作図ができているのだ。
高所作業車を使わずにマーキングできるメリットも
維持管理の手がかりとなる情報をデータとして記録するメリットは、HoloLensを介して利用することで現場ではひび割れなどの位置をすぐに発見でき、空中スケッチ機能で最新のデータに更新できることだけではない。
「これまでは高所作業車に技術者が乗ってトンネル壁に近づく必要がありましたが、HoloLensを使えば離れたところからでもひび割れの形状を追記できます。そのデータはパソコンを使って展開図に変換することもできるので、調査から帰った後に転記する必要もありません」と、鴻池組土木技術部施工技術1課の長沼諭課長は言う。
つまりHoloLensの活用によって高所作業車や足場などが不要になり、技術者が壁面ぎりぎりまで接近するための時間や労力も大幅に削減できることを意味する。点検や調査の生産性も大幅に高まりそうだ。
このほか、今回の実験ではHoloLensを3Dスキャナーのように使って、トンネル内面の形状を3Dメッシュデータにすることも行われた。
HoloLensでは現実の風景の3D形状を認識するため、内部で映像データから「空間マッピング」という処理を行う。この際に作られる3D点群データや3Dメッシュを活用して、トンネル内面の3Dモデルを作るのだ。
ただHoloLensで3Dスキャンできる範囲が5m程度に限られるため、トンネルの天井部などのスキャンには高所作業車を使って接近する必要があった。
HoloLensを3Dスキャナーの代わりに使えるようになると、HoloLensを通して現場を見回すだけで、3Dモデルが作成できることを意味する。従来の3Dレーザースキャナーや写真計測に代わる手軽な計測方法としても期待できそうだ。
HoloLensの進化でひび割れの自動記録にも期待が
マイクロソフトは、2019年中にHoloLensの次期モデルとなる「HoloLens2」を発売することを発表した。
視野角が上下左右に2倍となり、目の前に表示される3Dモデルの範囲がぐっと広がるほか、現実空間と3Dモデルとの位置合わせ精度も向上、AI(人工知能)機能なども搭載される予定だ。そして価格は3500ドル(約39万円)と初代モデルに比べて約3割も安くなる。
「AIによるひび割れ検知機能を利用すると、ひび割れの認識も自動的に行えるようになるかもしれません。また空間認識機能も強化されるので、3Dスキャナーとしての活用も幅が広がりそうです」と、金野氏はGyroEye Holoの機能拡張の可能性を語る。
こうした進化も視野に入れながら、鴻池組とインフォマティクスは今後、地上で行われる「明かり作業」や土量計算などへの活用範囲拡大を計画している。
HoloLensやGyroEye Holoによる施工管理の可能性は、まだまだ広がっていきそうだ。
実証実験の動画
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