Vectorworks教育シンポジウム2019
テーマ「めざめ~共に築く未来」(エーアンドエー)
2019年10月22日

2019OASIS-01-01a

エーアンドエーは2019年8月21日(水)、東京・大手町サンケイプラザで「Vectorworks教育シンポジウム2019」を開催した。CAD・BIMツール「Vectorworks」を使った建築デザインやものづくり教育などに携わる教職員らを対象としたこのイベントは、今回で11回目となり、「めざめ~共に築く未来」というテーマのもとに行われた。

Vectorworks教育シンポジウム2019で、開会のあいさつをするエーアンドエーの横田貴史代表取締役社長

Vectorworks教育シンポジウム2019で、開会のあいさつをするエーアンドエーの横田貴史代表取締役社長

開会のあいさつに立ったエーアンドエー代表取締役社長の横田貴史氏は、「バーチャルリアリティーやクラウドコンピューティングなどの技術革新が進み、CADソフトにもAIが組み込まれていくかもしれない。しかし大事なのはソフトの進化ではなく、人の感性や創造性を引き出し、磨いていくことだ。Vectorworksはそのお役に立てるソフトと自負している」と語った。

今回は午前中に2つの特別講演が行われた。建築家の畝森泰行氏は「建築の公共性」と題して、建築と人間、周囲の環境との関係を「公共性」ととらえる設計の考え方について講演した。続いて株式会社バウハウス丸栄で採用を担当する笠原弘基氏とデザイナーの三浦広基氏が「進化するインテリアコミュニケーション」と題して同社の「営業設計」と呼ばれる職種の業務を通じて顧客とのコミュニケーションのあり方について講演した。

午後はエーアンドエーが学校でのCAD教育を支援する組織「OASIS」加盟校の教職員が講演する分科会や研究成果展示、OASIS研究・調査支援奨学金制度による学生の研究成果発表などが行われた。全国各地から来場した約130人の教職員らは、CAD教育の最前線からの報告に耳を傾けながら、コミュニケーションを図っていた。

【特別講演】
建築の公共性

畝森泰行建築設計事務所 代表取締役 畝森 泰行 氏

畝森泰行建築設計事務所
代表取締役
畝森 泰行 氏

設計事務所を設立して今年で10年になるが、いつも建築の公共性について考えてきた。その対象は、個人住宅から公共施設に至るまで同じだ。今日はそのことについてお話ししたいと思う。

公共性にはいろいろな意味がある。例えば、公共施設の設計では、発注者である自治体の職員や設計者、施工者、またワークショップに参加する子どもからお年寄りまで、数千人もの人々が関係する。建築が持つ集合性だ。

一方で、例えばシエナにあるカンポ広場は、緩やかに床が傾斜しているため、人々が寝そべったり、パフォーマンスをしたり、時には競馬などが開催されることもある。建築空間は時として多様な機能や居場所を生み出す場になる。

このほかにも、ミースのトゥーゲントハット邸は、戦争中には馬小屋になり、戦後は障害を持つ子どもたちのリハビリセンターになった後、国の歴史を変える調印式が行われ、世界遺産になった。時代とともに建築の機能や目的が大きく変化することもある。

公共性とは、駅や道、公共施設のように「誰もがアクセスできる」という意味が一般的だ。私はその延長で建築には「個人を超えて他者に開かれる場」、「複数の可能性を創造できる場」としての公共性もあると考えている。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などの普及で自分の興味のある対象だけで生活が成り立ってしまう今だからこそ、自分の想像を超えて他者が存在するリアルな建築空間が重要と考えるのだ。

公共性を持つ建築を目指すために、私はさまざまなスケールの模型を作っている。例えば個人住宅を設計する場合、100分の1の小さな模型から20分の1、10分の1、5分の1、さらには1分の1の部分模型までを作る。いろいろなスケールを横断し、さまざまな角度から検討することで、街からの視点や身体的な視点など複数のイメージを掴んでいく。

図面もフリーハンドのラフスケッチと、精度を重視したCAD図面を同時に描く。ディスカッションも頻繁に行い、事務所のスタッフ、施主、エンジニアなど、さまざまな人たちと打合せや議論を重ねることで、その建築の公共性が見えてくるのだ。

さまざまなスケールの模型を作り、いろいろな人とディスカッションを重ねることで建築の公共性が見えてくる

さまざまなスケールの模型を作り、いろいろな人とディスカッションを重ねることで建築の公共性が見えてくる

こうした方法で設計した住宅や公共施設について紹介したい。まずは、都内の住宅密集地に建てた小さな住宅だ。34㎡という狭い敷地をぎりぎりまで使うのではなく、建築面積を小さく、その代わりに建物を高くして、塔のような住宅を作った。

それによって住宅の周りに空地ができ、風通しや日当たりのよい場所になるからだ。それは施主のためだけではなく、周囲の民家にも光や風を届けることになる。

この住宅は、地上4階、半地下1階建てで、建物のフットプリントは4m四方しかない。内部はらせん階段が各階をつなぐシンプルな計画だ。建物が小さくなった分、窓から入った光が部屋全体を突き抜け、窓を少し開けただけで風が通り抜けていく。屋外環境と一緒に暮らしていく感覚が生まれる。

この家に暮らす親子3人は、夏は涼しい半地下の部屋に寝て、冬は暖かい3階に布団を敷いて寝るという動物のような暮らし方をしている。プライベートな空間だが、小さな部屋を縦に重ねることで、生活の変化や異なる使い方が生まれた。

周囲の日当たりや風通しを考慮して塔のように建てた住宅

周囲の日当たりや風通しを考慮して塔のように建てた住宅

次は東京・山手通りの拡幅に伴ってできた、わずか24㎡の残地に建てた高さ17m、5階建ての店舗併用住宅だ。私と同い年の男性一人が購入し、住居とかばん店として使っている。隣には高さ40mほどの巨大なマンションが建っている特異な場所だ。

狭い敷地なので平面的な自由度はほとんどないが、その分高さ方向には可能性があった。天井高を1階は最も大きくし、5階に行くに従って徐々に低くした。構造の応力が変化し、下の階は柱梁が大きく、上の階ほどそのサイズが小さくなる。そのため1階は天井の高い垂直方向の広がりが生まれ、上にいくにつれて窓が大きく水平方向の広がりが生まれる。

地面から離れるほど山手通りの騒音が薄れ、明るさも変わり、周囲の視界も開けてくる。この都市環境の変化を建築化することで、将来の施主のライフスタイルの変化も受け入れていくと考えた。

上階に行くに従って天井高を低くし、窓を大きくすることで縦方向の音や採光などの環境の変化を建築に取り入れた

上階に行くに従って天井高を低くし、窓を大きくすることで縦方向の音や採光などの環境の変化を建築に取り入れた

3つ目は統廃合された小学校を教育と福祉の複合施設に改修し、校庭に新たに図書館をつくるプロジェクトだ。ここでは校庭のイメージをできるだけ継承するため、外壁をカーブさせて回遊性を生み、校舎や体育館への動線を確保するように設計した。

新築になる図書館の屋根は、天井高が緩やかに変わるように大きくカーブさせた。一つの空間の中に、明るく開けた場所や閉じた場所などさまざまな居場所ができる。それは多世代の人が自由に使う、図書館という機能を現す空間でもある。

さまざまな居場所をつくるため、屋根の高さを緩やかに変化させた

さまざまな居場所をつくるため、屋根の高さを緩やかに変化させた

東日本大震災の復興事業である福島県須賀川市の須賀川市民交流センターtetteは、東西の通りをつなぎ緩やかに傾斜する敷地に建つ5階建ての公共施設だ。図書館と公民館、子育て支援、ミュージアムなどからなる複合施設で、大手組織設計の石本建築事務所と、アトリエ系の私の事務所がチームを組んで設計した。

この施設では各階のスラブを少しずつずらして積層している。これによってスラブが飛び出した部分はテラスになり、引っ込んだ部分には吹き抜けができる。テラスで活動する人の姿が被災した街を元気づけ、また内部では、異なる機能やフロアの間に空間的な交流が生まれることを目指した。

約2.5mある敷地の高低差を、1階の床にそのまま取り入れた。さらに吹き抜けを介して各階をつなぐスロープや階段を設け、天井の高いところや低いところ、軒下やサンルームなどさまざまな場所をつくった。

設計当初に行ったワークショップでは、参加した市民から「調理室の近くに料理や食育の本を置いてほしい」「屋内遊び場のエリアに絵本を置いてほしい」などの意見も出た。つまり、利用する市民は機能を横断的に使うことを求めているのではないかと気づかされたのだ。

そこからわれわれの考えが変わり、図書館や公民館といった管理的な機能で分けるのではなく、活動に合わせて情報や本を配置する、施設全体が図書館であり活動の場であるような、機能の融合を目指すことになった。この機能融合を実現するのは大変なことだったが、開館し利用する人々の姿を見ると、街のなかを歩くような、さまざまな発見や出会いが生まれる場になっていると思う。

各階のスラブをずらして重ねることでテラスや吹き抜けを作り、人々の活動が見えるようにした

各階のスラブをずらして重ねることでテラスや吹き抜けを作り、人々の活動が見えるようにした

いま、改めて建築がつくる公共性が求められているのではないか。実空間だからこそ生まれ得る、他者との関わりや発見、創造性が、建築をつくること自体が問われる今の時代に必要に思うのだ。決して一人ではできない、多くの人とつくりあげる建築という大きな可能性に今後も挑戦していきたい。

【特別講演】
進化するインテリアコミュニケーション

株式会社バウハウス丸栄 バムプランニングオフィス デザイナー 三浦 広基 氏

株式会社バウハウス丸栄
バムプランニングオフィス
デザイナー 三浦 広基 氏

株式会社バウハウス丸栄 業務管理部 主任 笠原 弘基 氏

株式会社バウハウス丸栄
業務管理部
主任 笠原 弘基 氏

バウハウス丸栄は建設業の中でも、建物の内装工事を行う「内装仕上工事業」に分類される。住宅・インテリアの空間デザインやディスプレイを行う職種ととらえられることもある。

公共施設やオフィス、レジャー、イベントなど、人が集まる商業施設のデザインを主に手がけている。営業から設計、施工、メンテナンスへと続く業務フローがあるが、当社の社員の約70%がその初めから終わりまで一貫して行う「営業設計」を担当しているのが特徴だ。その一方で、企画・デザインを専門とするデザイナーなどの専門職もいる。

では、実際に新入社員として入社した学生が、当社内でどのように成長していくのかを、デザイナーの三浦を例にとって紹介しよう。

名古屋市立大学芸術工学部都市環境デザイン学科で学んだ三浦は、2010年に当社に入社し営業設計職に配属された。その1年後、企画・デザインの専門職に異動し、現在に至っている。この中で「進化するインテリアコミュニケーション」を体感することができた。

Vectorworksとの出会いは、大学3年生で「インテリアデザイン」という選択授業を取ったときだった。名古屋市内の実際の空き物件を対象に企画設計の課題が出た。そこでカメラ好きの若者を対象にしたギャラリーのような場を企画して、プレゼンテーションを行った。このとき、初めてVectorworksを使って、3Dパースを立ち上げたのだ。

表現としてはつたないものだったが、3D表現ができ、提案の中に盛り込めるのは大きな魅力だった。

大学3年の「インテリアデザイン」の授業がVectorworksとの出会いだった

大学3年の「インテリアデザイン」の授業がVectorworksとの出会いだった

2007年には初代iPhoneが登場した。今から思えば、こうした直感的なデバイスが登場したときが、コミュニケーションのターニングポイントになったと思う。

就職活動を行った2009年は、リーマンショックの翌年ということもあって大変だったが、なんとかバウハウス丸栄に入社し、営業設計職となった。それからの仕事を紹介しよう。

初めに担当したのは、大手靴チェーン店のエスカレーター開口部の脇に貼るグラフィックのデザインだった。学生時代と違って、絵に描いたものがそのまま実物になることに対して、大変な緊張を感じたのを覚えている。

顧客への提案には合成写真を使ってコミュニケーションを図った。担当する仕事の範囲も、店内の家具からコーナー、店舗全体と広がっていった。

靴店のあるブランドコーナーを担当したときは、顧客とのコミュニケーションには3Dパースを使って打ち合わせを進めた。コーナーの形や色味、柄などを変えたCGパースを作成した。

デザインの方向性が決まった後は、陳列壁面の形や商品の量などを考慮しながら、現実的にどのようなものを作るのかについて、打ち合わせを進めた。その間、3Dのパースで意思疎通を図りながら、製作・施工のための図面化を行うという流れだ。

施工の打ち合わせになると、打ち合わせの相手も家具や大工工事、電気工事、照明、塗装など専門工事会社の数だけ増える。この工事の場合は14社にものぼった。店舗改装は営業終了後から翌日の朝までの間に、解体から施工までを終えなければならないという緊張感がある。

靴ブランドショップのエスカレーター脇のグラフィックプラン

靴ブランドショップのエスカレーター脇のグラフィックプラン

2年目には企画・デザイン職に異動した。ここでは居酒屋から化粧品店まで、幅広い業種を対象に提案業務に特化した仕事を行っている。商業デザインでは、来店客に入ってみたいと思わせる「売れる店舗」作りが重要だ。

ある居酒屋の店舗デザインでは、外装のデザインも3Dで提案し、打ち合わせによってカジュアルなイメージに修正した後、3Dパースそっくりに完成した。

カジュアルなイメージで入りやすくした居酒屋の外装デザイン

カジュアルなイメージで入りやすくした居酒屋の外装デザイン

また、ある書店の内装デザインは「新たな興味のキッカケとなる導線」「子どもの好奇心を刺激する」など5つのポイントを色分けして平面図上に示した。その脇に鳥瞰(ちょうかん)パースもつけて意図が伝わりやすいようにした。

クライアントは本のジャンルを示すサインが、店内のあちこちから見やすいかを気にしていた。そこで新たなコミュニケーション手段として動画を使った。店内を歩き回る人が見た店内の風景を、Vectorworksの3Dモデルを使ってウォークスルームービーにしたのだ。

サインの見やすさを確認する目的もあったが、これから造る店内の様子がわかったことでクライアントにはとても喜ばれた。その結果、コンペを勝ち抜いて工事の受注につながった。店舗もムービーのイメージ通りに完成したため、特にトラブルもなかった。

ある洋菓子店のデザインでは、内装にケーキやホイップクリームの形を生かした。この物件では、クライアントとは3Dパースや動画を使って打ち合わせを進め、基本図の作成まで3Dモデルを生かしたのが特徴だ。

動画でのプレゼンには、iPhoneも使った。iPhoneの画面上で指をスライドさせると、店舗がぐるりと回転するような見せ方をしたのだ。2007年に登場したiPhoneは、建築プレゼンにも進化を及ぼした。

iPhoneによる洋菓子店デザインのプレゼンテーション

iPhoneによる洋菓子店デザインのプレゼンテーション

最近の打ち合わせでは、ノートパソコンを持ち込むことが多くなった。アパレルショップの試着室のデザインでは、3Dパースを使って色や構造の打ち合わせを行った。試着室の内部構造を説明するときは、その場で壁を透明にして意思疎通を図った。試着室の上にある梁との位置関係もわかりやすいと好評だった。

このようなパース作りを繰り返していると、だんだん、手になじんできて粘土細工や建築模型を作っているのと同じ感覚になる。どんどん進化していくコミュニケーションツールを追い続けていくことは重要だ。

最近の打ち合わせでは、ノートパソコンを持ち込むことが増えてきた

最近の打ち合わせでは、ノートパソコンを持ち込むことが増えてきた

当社は新卒者には即戦力ではなく、「企業が求める人材に成長できる」ことを求めている。そのためには謙虚な姿勢や元気さとともに、他人と直接的にかかわるコミュニケーション能力が欠かせない。建物や店舗づくりは、多くの人々とかかわる仕事だからだ。


【分科会1-A】
建築における3Dデザインの発展性と専門学校での事例

盛岡情報ビジネス専門学校 デザイン科 建築インテリアコース 斎藤 公美 先生

盛岡情報ビジネス専門学校
デザイン科 建築インテリアコース
斎藤 公美 先生

盛岡情報ビジネス専門学校 デザイン科 建築インテリアコース 宮野 利行 先生

盛岡情報ビジネス専門学校
デザイン科 建築インテリアコース
宮野 利行 先生

本校にはシステム、デザイン、ビジネスと3つの学系があり、デザイン学系にはグラフィックデザイン、アニメ・マンガ、CG クリエイト、建築インテリアのコースがある。2020年度から校名が「盛岡情報ビジネス&デザイン専門学校」に変更になる。

4月に入学した1年生は、12月頃から本格的な就職の準備を始める。入学からわずか9カ月で、企業に自分を売り込めるようにしなければならないので、進路面談や建築表現技術の習得、自分の作品のポートフォリオづくりも早めに行うカリキュラムを組んでいる。

学生にはノート型のパソコンを1人1台貸与する制度があり、卒業後は譲渡されるようになっている。

今回、ここで講演するきっかけとなったのは2019年2月に行った卒業制作展で、学生からの提案でVRでの展示に挑戦したことだった。これに備えて、エーアンドエーの協力を得てVR の特別授業を行った。学生たちは3DCADで建物を表現する技術は身についていたので、3D モデルから VR データを取り出す手順を学んだ。

昨年の卒業生は9人でグループ制作は2~4人の3チームで行った。それぞれのチームは水族館、図書館、旅館という公共施設をデザインした。各作品ともパースはすべてVectorworksで作成した。

来場者から投票で最も得点が高かったのは旅館だった。この作品はOASIS加盟校ユーザ事例にも収録されている。さらに実際の卒業制作展ではパノラマレンダリングで VR を実演した。

2019年2月に開催した卒業制作展で好評を博したVR作品「庭園を囲む」。スマートフォンで2次元コードを読み込むとパノラマレンダリングによるVR作品が鑑賞できる

2019年2月に開催した卒業制作展で好評を博したVR作品「庭園を囲む」。スマートフォンで2次元コードを読み込むとパノラマレンダリングによるVR作品が鑑賞できる

卒業制作に至るまでの3DCADの授業は、1年生、2年生ともに50分の授業が週に4コマあるだけだ。そのため言葉は悪いが“Vectorworks詰め込み授業”を行っている。

1年生はCAD を使った経験がほとんどないため、まず基本的な2次元ツールを学び、すぐに3次元でのモデリングに移る。図形の変形やブーリアン演算などを行う。柱状体に球体を配列複写し、3Dフィレットを行って作るサイコロの3Dモデリングでは、学生が「おっ」という声を上げる瞬間がある。

基本的な機能を使ってサイコロの3Dモデルを作る実習

基本的な機能を使ってサイコロの3Dモデルを作る実習

さらにNURBS曲線を使ってフォークをモデリングしたり、サブディビジョンの機能を使ってスプーンをモデリングしたりする。最後は回転体によって作ったお皿やグラスを配置して、木や陶器、ガラス、金属の材質感をレンダリングで表現する。

続いて家具のモデリングに移る。教材はVectorworks関連書籍のチュートリアルを利用している。複雑なモデリング作成過程を反復練習していくことで、学生たちは短期間のうちにVectorworksを自由自在に活用できるようになっていく。

このとき、気をつけているのはショートカットキーを活用すること、四角形や多角形の閉じた図形で作図すること、角度ロックを使うこと、複製したら即移動し、ずれのない複製を行うことだ。

BIMの入門はソファや棚といった家具から始める。その後、住宅モデリングやマンションの内装をBIMでデザインし、図面化していく。これらの作品は、就活用のポートフォリオにも使っている。

1年生の間にBIMの基本を身につける

1年生の間にBIMの基本を身につける

家具デザインの課題ではサブロク判の合板を2枚使って自由な家具をデザインし、モデリングや図面化のほかに5分1縮尺の模型も作成している。作例として先輩の作品を見ているので、レベルは年々上がっていく。こうして1年生の間に、BIMの基本を身につける。

2年生では自由な店舗の設計や卒業制作を行い、モデリングやレンダリングはさらに高度になっていく。

2年生ではさらに高度なモデリングやレンダリング技術を身につけていく

2年生ではさらに高度なモデリングやレンダリング技術を身につけていく

こうして2年間でかなりの内容を詰め込むことになるのだが、それらは、建築を初めて学ぶ学生への「切っ掛け」作りでもある。

Vectorworksでさまざまな表現方法を学び、空間を自由に立体表現できることが楽しいと思えることが建築を学ぶ上でのスタートであり、将来、施主さんから職人さんへと継なぐコミュニケーションツールとしてVectorworksで表現できるように、さまざまな課題にチャレンジしてもらう。

そして学生は、早いプランニング力と強いプレゼンテーション能力、そしてハードの表現力を身につけて卒業していく。就職先企業でのBIM活用は遅れているが、BIM化の流れを先取りした授業で鍛えたスキルが将来、企業の主力になったときに役立つのではと期待している。

【分科会2-A】
建築AIの提案

広島県立福山工業高等学校 建築科 小林 正一 先生

広島県立福山工業高等学校
建築科
小林 正一 先生

十数年前までは建築設計の仕事をしていたが、ふとしたことで教育の現場に入り、現在は建築教育と人材育成に携わっている。年号も変わり、新しい時代がやってきて、価値観もどんどん変化している。その急激な変化に私たちの生活は追いついているのだろうかと、ギャップを感じている。

私たちが教える建築は豊富な知識や経験が必要であり、技術者を育成するためには十数年間が必要で、とても高校の3年間だけでは無理だ。

また、限りある資源を有効利用することも求められるが、大量生産・大量消費の傾向は変わっていない。さらに少子高齢化と人口減少など、建築にかかわる問題は多い。

それを何とかしたいという思いがある。そこで、AIを使った建築設計を思いついた。映画「2001年宇宙の旅」が作られたのは1968年。今から約50年前だ。CG がない時代にこれだけの映像をよく作ったなと思う。

この映画に人類初の「HAL9000」というAIが登場する。ある日、この AIが計算ミスを犯す。そこで宇宙船の乗組員たちは、このAIをシャットダウンしようと、離れたところで会話を試みるが、唇の動きから話の内容がAIに知られてしまった。そこから AIと人間の壮絶な戦いが始まる。そして5人のうち、最後に残った船長がついにシャットダウンに成功するという話だ。

シンギュラリティという言葉がある。日本語では技術的特異点と訳される。人類の知能が現在のレベルのままだとすると、 AIが進化して2029年には人類を超えると言われている。そして2045年になると AI が人類に代わって文明を進化させる時代になる。これがシンギュラリティだ。

2045年にはAIが人類の知能を追い越し、文明を進化させる「シンギュラリティ」を迎えると言われる

2045年にはAIが人類の知能を追い越し、文明を進化させる「シンギュラリティ」を迎えると言われる

「2001年宇宙の旅」の冒頭には、猿人が動物の骨を道具として使い、自分のテリトリーを守るシーンが出てくる。人類が道具によって進化したことを象徴しているのだろう。AI が進化すると人類の知能も同様に進化すると思いたい。シンギュラリティによって人類が AI に追い越されてしまうのではなく、人類もAIとともに進化を続けるのだ。

AIによって人類の知能が進化すれば、シンギュラリティは起こらないと思う

AIによって人類の知能が進化すれば、シンギュラリティは起こらないと思う

例えば、建築設計の実務でCADが使われ始めてから25年くらい経つが、手描きのドラフティングマシン時代に比べると、手描きでは表せない表現力や複雑な計算なども、コンピューターやCAD、BIMによって行えるため、建築デザインも変わってきた。

まだ実現したシステムではないが、CADで建物を設計し、そこに人間に扮(ふん)したAIに住んでもらう。時間経過を操作して、経過と経験を観察する。そして設計にフィードバックする。

例えば、新婚夫婦に平屋か2階建てか、どちらにするかを提案する場合、10年後、20年後、30年後の間に子どもが生まれたり、成長したり、独立したりと家族構成も変わってくる。こうしたライフスタイルの可能性をAIに予測させ、結果に基づいて建築設計の判断を行うのだ。

AIによって未来のライフスタイルや家族構成を予測させ、建築設計に生かすイメージ

AIによって未来のライフスタイルや家族構成を予測させ、建築設計に生かすイメージ

家族構成の変化だけでなく、事故やけが、建物の経年変化などもAIにすべて予測させる。

もし、こんなことができれば経験の少ない設計者も根拠を持った設計ができ、学校や会社などでは技術者の育成に使える。「5年後、階段でこけてケガした」といったことが事前にわかる。確率論や可能性の範囲であり、絶対ではないが。

昔は「一生のうちに3回、家を建てないと満足いく家は建たない」と言われていたがAIで判断できれば、限りある資源の無駄遣いを防げる。そしてさまざまな問題が解決できる。

例えば、エーアンドエーの「SimTread」というソフトは、未来の避難状況をシミュレーションすることで結果を予測してくれる。

こうしたソフトのイメージに近いAIツールの開発や、開発技術者を育てていくこともわれわれの使命であるだろう。

未来の避難状況をシミュレーションで予測する「SimTread」

未来の避難状況をシミュレーションで予測する「SimTread」

【分科会1-B】
Vectorworksで“見える化”する工業教育

兵庫県立兵庫工業高等学校 建築科 飴野 拓 先生

兵庫県立兵庫工業高等学校
建築科
飴野 拓 先生

母校でもある現在の高校の教員になる前は、大阪の遠藤剛生建築設計事務所の正所員として意匠設計を主な業務として働いていた。

本校建築科では、2018年度にコンピューターシステムを約20年ぶりに更新した。新しいコンピューターの導入には学内の調整や予算の課題もあったが、建築科に40台のレンタルパソコンを導入できた。Vectorworksも40本導入したかったが、仕様と予算のバランスにより20本分を導入した。

Vectorworks導入後のCAD教育には、前職で担当した芦屋浜団地等での改修設計業務の経験が役立った。建築空間を3Dで表現し、素材や光などの検討をVectorworksでシミュレーションを行った結果、発注者や施工担当者から設計意図がわかりやすいと評価された。

本校でのCAD教育でも、3DやBIMの機能を持つVectorworksを活用して、立体的な空間のとらえ方を学ぶこと、建築空間とともに素材や光など建築空間の印象を決める要素をシミュレーションによって理解すること、卒業後の建築設計実務や大学進学後にも使えるスキルや知識、技術を身につけることを目指した教育を行いたいと考えた。

在籍中の生徒は、新しいコンピューターの導入時期の違いにより、学年によって卒業までのVectorworks活用技術の習得年数が異なる。特に昨年度の3年生は1年間という短期間でVectorworksをマスターしなくてはならず、操作を短期間で効率よく学んでもらうため、教材はできるだけ簡単にした。

1学期は5回の実習で、図形の編集やコピー、3D機能を使った立体文字や椅子・テーブルのモデリング。2学期は4回の実習で、BIMの壁ツールや窓ツールなどの機能を使ってマンションの一室をモデリングし、内装のテクスチャを変えてレンダリングするところまでを行った。教科書には市販のVectorworks入門書を使い、その手順通りに操作を学ぶようにした。

2学期の授業で生徒が制作したレンダリング作品

2学期の授業で生徒が制作したレンダリング作品

3学期の卒業設計では、ある生徒に明石海峡大橋を眼下に望む明石舞子団地の一角に設けた仮想の対象敷地に、認定こども園を設計する課題を与えた。この生徒は、1~2年生の間にJw_cadを使いこなしているので、まずは2次元の平面図や立面図、断面図を作成した。

それをもとに屋根付きの模型を作り、VectorworksでCGパースやウォークスルー動画を作った。高校生レベルでは、複雑な屋根の斜辺を手計算で設計することは難しいが、Vectorworksの機能を使うことで簡単に解決することができた。

優秀な生徒の作品は、当初の予想を超える出来栄えで、もしかしたら大学生の卒業設計にも勝っているのではと思わせるほどだった。

Vectorworksを使って制作した3Dモデル(アニメーション)

Vectorworksを使って制作した3Dモデル(アニメーション)

ある生徒の卒業制作作品「Re ism:」。予想を超える出来栄えだった

ある生徒の卒業制作作品「Re ism:」。予想を超える出来栄えだった

また、インテリアコースを履修するある女子生徒は、Vectorworksの授業を履修していないにも関わらず、個別の補習で使い方を教えてほしいと言ってきた。この女子生徒にはVectorworksの操作方法を少し手ほどきしただけだが、独力でBIM機能をフル活用した文化ホールの設計を行い、3次元モデルから平面、立面、断面図を作成できたことにも驚かされた。

Vectorworksの授業を履修していない女子生徒が、独力でBIM機能を使って設計した「in the woods 【森の中の劇場】」

Vectorworksの授業を履修していない女子生徒が、独力でBIM機能を使って設計した「in the woods 【森の中の劇場】」

1年間の実習でわかったことは、できるだけ早い段階で3D作図を始めること、学習初期は複雑なツールは使わないこと、シンプルな建築物や模型製作、プレゼンには積極的にBIM機能を使用することが効果的だと分かった。

現在の2年生については、同様の実習をゆっくりしたペースで1年間じっくりと行い、2年生では原口広氏の著書「VECTORWORKS ARCHITECTで学ぶ住宅設計のためのBIM入門」を使い、木造BIMを学んでいる。このように、BIMによるシミュレーション技術を活用し、教科書等の図解だけでは分かりにくいところを“見える化”する、座学と実習の教科横断的な学習に取り組んでいる。

3年生では、その集大成である卒業設計において“自力で”建物を設計できる力を身につけさせることを目標に、令和4年度の新教育課程に向けたBIM活用を主体とした新しいカリキュラム作りにも着手している。

【分科会2-B】
Vectorworksと木造住宅

有限会社 原忠 代表取締役 原口 広 氏

有限会社 原忠
代表取締役
原口 広 氏

BIMとはコンピューター上に作成した建物の3次元形状情報と属性情報を併せ持つ建物情報モデルを意味する。3D情報はリアルなプレゼンに必要だが、緻密で繊細な設計・施工を行うために重要なのは属性情報だ。

では、BIMを使うとどのように緻密で繊細な設計・施工ができるのかを見ていきたい。BIMモデルは現場での施工にも使えるし、打ち合わせにも使える、実践力そのものだ。そこで重要となるのが、属性情報の一元管理だ。

例えば住宅基礎の3Dモデルと、図面の情報がリンクしていないと意味がない。Vectorworksには図面を表示する「シートレイヤ」と3Dモデルを表示する「デザインレイヤ」があるが、シートレイヤに表示する杭の断面図は、デザインレイヤの3Dモデルを縦方向に切断し、その断面を「ビューポート」で表示させるようにしている。

また、基礎梁の人通口を開ける部分には補強筋も必要となる。そこで鉄筋を3Dモデル化して、現場に入る前に基礎屋さんと3Dモデルの画面を見て施工イメージを打ち合わせた。

その結果、BIMモデルと現場とで若干、違いはあるもののほぼイメージ通りの施工が行われていた。

基礎梁の人通口部分のBIMモデル(上)と現場(下)。ほぼ設計通りにできている

基礎梁の人通口部分のBIMモデル(上)と現場(下)。ほぼ設計通りにできている

また、階段の製作図でも、各踏み板の詳細図は、BIMモデルからビューポートで拡大表示した。踏み板にはそれぞれ金具がついているが、ボルト穴の位置は建物本体の補強材に合わせて開ける必要がある。BIMモデルから踏み板を切り出したことで、ボルト穴と補強材との位置関係もよくわかり、効率的に作図できた。

階段の製作図。各踏み板の金具の製作図は、BIMモデルからビューポートで表示したため、ボルト穴の位置は建物の補強材に合わせることができた

階段の製作図。各踏み板の金具の製作図は、BIMモデルからビューポートで表示したため、ボルト穴の位置は建物の補強材に合わせることができた

設計変更があったとき、BIMはデザインレイヤでモデルさえ直せば、シートレイヤの図面は自動的に変更される。こうしてモデルと図面の整合性は常に保たれるのだ。

屋根下に通気層をもった特殊な屋根断熱の施工でも、天井板や断熱材、転がし梁などを実際に施工する通りにモデリングして、大工さんと打ち合わせた。

ここまでしっかりモデリングすると、設計者の頭の中もクリアになり、現場でも自信をもっていろいろな業者さんとのやりとりが行える。

通気層をもった特殊な構造の屋根断熱モデル

通気層をもった特殊な構造の屋根断熱モデル

住宅に使う木材の仕口部は、プレカット加工を行ったが、屋根材と梁が接続する斜めの部分などは、プレカットでは対応できなかった。そんな部分は、大工さんに加工をお願いした。

BIMでモデリングした建物は、お施主さんも業者さんもよく理解してくれる。もはやVectorworksなしでは仕事ができないくらいになっている。

一方、BIMモデルは、省エネルギー住宅の補助金を申請する際の資料作りにも役立っている。例えば「主たる居室」と「その他の居室」に分けて、各部屋の高さ、幅、面積の一覧表を作るとき、「スペース」というツールを使えば、BIMモデルに内蔵されている属性情報を使ってあっという間に完成する。私は「スペースなくしてBIMはなし」と言っているくらいだ。

地味な機能なので、学校では教える機会はないかもしれないが、実務では大変役立っている。拙著「VECTORWORKS ARCHITECTで学ぶ住宅設計のためのBIM入門」では、こうした機能の使い方を解説しているので、参考にしてほしい。

スペース機能を使って自動作成した面積表

スペース機能を使って自動作成した面積表

このほか建具表を作ったりするときは、Vectorworks 2019から備わった「データタグ」というツールが役立つ。3Dモデル上で建具だけを表示させ、それをシートレイヤに1つ1つ選んでインポートし、属性情報から必要項目を表形式で表示するだけだ。実務者としては、このツールでかなり救われている。

「時代はBIM」だ。実務者はBIMによって非常に緻密な作業ができる。学校でもVectorworksでBIM機能の基本も教えることで、将来、実務に就いたときにBIMを使って活躍できるようにしてほしいと思っている。


Vectorworks Executive Prize 2019
OASIS加盟校 学生作品集 最優秀作品賞

恒例の「Vectorworks Executive Prize 2019」には、神戸松蔭女子学院大学の大森真衣さんが米原慶子先生の指導のもとで制作した「時を忘れることのできる itoshima resort」が選ばれた。この賞は、2019年度版のOASIS加盟校学生作品集に収録された作品の中から、米Vectorworks社が最優秀作品を選び、表彰するものだ。

エーアンドエー代表取締役社長の横田貴史氏は、「ユニークな形の敷地と建物を融合させたすばらしいデザインである。3DやBIMを活用し、課題にしっかり取り組んだことがよく表れている」と、米Vectorworks社のCEOビプラブ・サーカー(Biplab Sarkar)氏からの受賞理由を代読した。その後、大森さんに記念の盾とVectorworks Designer 2019製品版が贈呈された。

大森さんは「頭で考えていることがうまく3Dで表現できなかったりして大変な部分もあったが、3Dでイメージを表現する楽しさや達成感を味わうことができた」と受賞の感想を語った。

(左写真)エーアンドエー代表取締役社長の横田貴史氏と受賞の感想を語る大森真衣さん。(右資料)受賞作品の「時を忘れることのできる itoshima resort」

(左写真)エーアンドエー代表取締役社長の横田貴史氏と受賞の感想を語る大森真衣さん。(右資料)受賞作品の「時を忘れることのできる itoshima resort」

OASIS研究・調査支援奨学金制度
研究成果発表

2018年度の研究・調査テーマは「つながる」だった。研究・調査支援奨学金を授与された5グループの代表者が、研究成果を発表した。

全周パノラマ画像を用いたシークエンシャルな視覚変化の定量分析手法

佐賀大学大学院 副田 和哉 さん(ほか1名)

佐賀大学大学院
副田 和哉 さん(ほか1名)

この研究では、全周パノラマ画像を用いて建築空間を記述することにより、これまで定性的には扱われてきた空間のイメージを、空間の視覚情報として定量的に扱うことを目的としている。

研究の対象とした、カルロ・スカルパが設計したカステルヴェッキオ美術館は、窓や展示物の配置などが異なる五つの展示室が連続している。今回の研究では、これらの展示室の各要素が、どんな視覚的な変化をもたらしているかを定量的に明らかにすることを目的とした。

研究対象としたカステルヴェッキオ美術館

研究対象としたカステルヴェッキオ美術館

その方法は、全周パノラマカメラで展示室の内部を撮影した画像データを変換し、分析を行う手順で行った。全周パノラマ画像を平面図に変換する円筒図法には、面積を正確に表せる正積円筒図法と、位置を正確に表せる正距円筒図法を使った。

これらの図法で作った画像上で、空間の開放性や閉鎖性、明るさと人間の視野範囲の関係を画像処理ソフトによって分析した。

正積円筒図法と正距円筒図法により、空間の開放性・閉鎖性や明るさなどを数値化し、人間の視野に映る視覚情報を分析した

正積円筒図法と正距円筒図法により、空間の開放性・閉鎖性や明るさなどを数値化し、人間の視野に映る視覚情報を分析した

展示物の向きや窓の配置と、自分が立っている位置により、空間の広さ・狭さや明るさなどの数値が大きく変化することがわかった。

例えば、天窓のある場所に近づいていくと、視覚的に明るさの要素が増える、展示物の下に黒い台があると展示物が引き立つ、といった効果だ。スカルパがこの美術館をデザインした意図が数値的も裏付けられるように感じた。

伴侶動物との生活に配慮した都市環境整備に関する研究

秋田県立大学大学院 佐々木 椿 さん

秋田県立大学大学院
佐々木 椿 さん

従来、ペットと呼ばれていた愛玩動物は、家族の一員として親密な関係にある動物として1980年代から伴侶動物と呼ばれるようになった。

日本では犬の飼育頭数が減っている。その理由は環境整備やサービスが不十分なため、飼うときの心理的障壁が大きいと考えられる。

そこで、犬の飼育者とそれ以外の人々が共存できる都市環境整備やサービスを提案するための手がかりを得るため、WEB上でアンケート調査を行った。回答者はSNS 上の犬のコミュニティーや秋田県立大学の建築系学生や事務職員、そして犬関係ではないSNS関係者だ。合計200人から有効回答を得た。

犬を飼う際に必要な施設として、最もニーズが高かったのが動物病院だった。続いて介護・老犬ケア、ドッグカフェ、ペットホテルという順番になった。また、散歩中に必要な施設としては犬と座って休める場所、犬用散歩道、フン専用ゴミ箱のニーズが高かった。

アンケート調査結果。犬を飼うときに必要なものの第一位は動物病院だった

アンケート調査結果。犬を飼うときに必要なものの第一位は動物病院だった

交通機関や店舗などに犬が同伴する場合は、リードをつけることがマナーとして認識されていた。そして、犬連れでない人との住み分けスペースを必要と感じる人も多かった。また犬を介して、飼い主同士の交流が広がっていることも明らかになった。

今回の研究と並行して人間と犬が共存できる公園デザインをコンペに応募し、優秀賞を受賞した。これからは人の視点だけでなく、犬の視点も合わせた都市環境整備が必要になるだろう。

犬と人が共存できる公園のデザイン案。研究と並行してコンペに応募し、優秀賞を受賞した

犬と人が共存できる公園のデザイン案。研究と並行してコンペに応募し、優秀賞を受賞した

過疎地域へのコミュニティの核となる拠点の建設とその後の形成過程の調査

東京工芸大学 北原 大志 さん(ほか17名)

東京工芸大学
北原 大志 さん(ほか17名)

この研究では、千葉県南房総市にある石堂寺の境内に、自分たちの力で東屋を実際に建てた。その目的は、地域に建物がもたらす影響や建築が持つ力を実感として理解することだった。活動には、石堂地区の製材屋さんと大工さん、石堂寺の住職に協力を得た。

メンバー全員で活動内容や目的、今後のプロセスを決定した後、石堂寺の境内を調査した。そしてメンバーを3つに分けて設計コンペを行った。3つの案を地域住民や大工さん、製材屋さん、住職と相談した結果、6本の柱からなるシンプルな東屋のプランが決まった。

その後、メンバーは木造建築についての勉強や、地元の製材所の見学、付近の東屋の見学などを行い、施工に備えた。

施工段階では地鎮祭、整地の後、地元の土木会社に基礎の造り方を学んだあと、大工さんの協力を得ながらコンクリート基礎を自分たちで打設した。木材の加工は大工さんに指導を受けながら手彫りで行った。ピタリと納まるまで何度もやり直し、うまく納まったときは達成感があった。

手彫りによる「大入り蟻掛け」の加工

手彫りによる「大入り蟻掛け」の加工

足場の組み立ては近くの工事現場を手伝いながら学び、柱、梁、屋根の順で組み立てた。その後、柱と梁の間に方杖材を取り付けて補強した。施工図の作成には、Vectorworksで作った3Dモデルも活用し、大工さんとの意思疎通に使った。

完成した東屋は、早速、サイクリング客や墓参り客が休憩に使っていた。過疎地域にある建築は、人を集める力があることを実感できた。

完成した東屋(左)とVectorworksで作成した3Dモデル(右)

完成した東屋(左)とVectorworksで作成した3Dモデル(右)

3Dスキャンを用いた構造物の設計

東京藝術大学大学院 眞船 峻 さん

東京藝術大学大学院
眞船 峻 さん

今日は、今年3月まで所属していた東京藝大の修了設計で制作した作品について発表したい。

当初の計画では、里山全体を3D スキャンする予定だったが、1年間という限られた期間を考慮し、3D スキャンを用いた構造物の設計に絞り込んだ。

2018年の台風24号により、東京藝大キャンパスを含む上野公園では多くの倒木が発生した。その中から1人で運搬できるサイズの二股の枝を集めて1本ずつ3Dスキャンしてカタログ化し、そのデータを用いて全長16m、クリアスパン12.5mの橋を設計・制作したのだ。

まず、収集した二股の枝をハンディータイプの3Dスキャナで1本1本スキャンした。ただ、複雑なメッシュデータをそのまま使うとデータサイズが大きすぎるので中心線だけを取り出すプログラムを作成し、設計用のデータとした。

二股の枝を3Dスキャンし、設計用のデータを作る作業

二股の枝を3Dスキャンし、設計用のデータを作る作業

制作に当たって手作業で部分的な構造を検討した。橋は立体トラスのアーチ形状にすることとし、トラスの分割数や変形量を考慮した設計を行うため、パラメトリックデザインのプログラムを組んで自動化した。

部材の比重計算や、張力やボルトに作用するせん断力の計算には、表計算ソフトや手計算も使用した。枝はプロジェクションマッピングを使って位置合わせしながら地組でユニットを組み立て、その後足場を組み、空中でボルトやステンレス締め付け金具を用いてユニットどうしを結合し、アーチ全体を組み立てた。

キャンパス内に完成した全長16mの橋

キャンパス内に完成した全長16mの橋

橋の解体後は部材の50%を堆肥作りのバイオネストに転用、25%は力の流れや接合部の検証実験に使い、廃棄処理したのは25%にとどまった。

秋田県横手市増田町における蔵を保存利用する観光・交流を目的とした改修の提案

日本大学大学院 山本 淳樹 さん(ほか31名)

日本大学大学院
山本 淳樹 さん(ほか31名)

私が所属する日本大学理工学部海洋建築工学科の佐藤信治研究室では、過去8年間、毎年秋田県内で夏合宿を行い、まちづくり提案を作成してきた。

去年、合宿を行った増田町は、日本一、日照時間が短く、冬には3mくらいの雪が積もる。そして高齢化も進んでいるので、雪対策に頭を悩ませている。

高齢化と雪対策に悩む増田町の街並み

高齢化と雪対策に悩む増田町の街並み

そこで、雪室を利用した増田町の観光地化を提案した。雪をためておく雪室と、商業施設で人が集まるマルシェ、そして宿泊施設となる雪の宿という3つの建築を段階的に順次、展開するというものだ。

第一段階として、雪捨て場と集会所を兼ねた伝統的なスタイルの雪室を設計した。建物の両側には雪をためておく部屋があり、夏場は涼しく過ごすことができる。こうした雪室を町にいくつも作るのだ。

第二段階は、蔵が集まる「クラシックロード」の中心に「マルシェ」を建設する。熟成された”雪中ブランド製品”をみんなで考え、提供する場だ。人が集まる場所と雪室を設ける。

第三段階は、雪の宿でのかまくらのような滞在体験だ。冬季に吹く風に乗って降る雪を考慮して北側には雪が積もるようにする。また建物の最上部には天窓を設け、部屋全体に光を取り入れる。冬季は建物の上部が雪から飛び出すようになり、雪に囲まれて入浴するなどの体験が味わえる。

雪室(右上)、マルシェ(左上)、雪の宿(下)を順次、整備し雪を利用した観光地化を図る

雪室(右上)、マルシェ(左上)、雪の宿(下)を順次、整備し雪を利用した観光地化を図る

これらのプランをコンペに応募したところ、金賞を含む11個の賞をいただくことができた。

総評

エーアンドエー 取締役 OASIS研究・調査支援奨学金制度選考委員 本間 盛晃 氏

エーアンドエー
取締役
OASIS研究・調査支援奨学金制度選考委員
本間 盛晃 氏

発表者の皆さん、本当に1年間お疲れさま。

まずは全周パノラマ画像を用いた視覚変化を定量的に分析した佐賀大学大学院の副田さん、10分間という限られた時間内に研究のすべてを話してくれた。全周パノラマ画像の新しい用途を開発した。解析は大変だったと思うが、研究の楽しさを感じた。

伴侶動物との共存を研究した秋田県立大学大学院の佐々木さん。ペットではなくコンパニオンアニマル。動物の癒しの力の潜在力は非常に大きく、今後も動物との関係性を築ける社会にしていかないといけないのは確かだ。

過疎地域へのコミュニティの核となる建物を研究した東京工芸大学の北原さん、完成後の東屋を継続して見ていくのは重要だ。建築を学ぶ学生は、社会に出て初めて実物の建築物に携わることが多い。その点、この研究を通じて学生のうちに東屋の設計、施工という実体験ができたことは貴重だ。これから社会に出ていくうえで、力になったと思う。完成後、建物がコミュニティの核になる過程を見ていく研究も大切にしてほしい。

木の枝を3Dスキャンし、そのデータを橋づくりに生かした東京藝術大学大学院の眞船さん。二股材を組み合わせた構造計算は、大変だったと思う。その中で手描きのスケッチを使い、構造物を実感としてとらえるプロセスがあったのにはほっとした。CADやデジタルデータは、それを補いながら、融合させて形にしたのはすばらしい。

最後の秋田県横手市の増田町で、研究室で代々つながる研究を行った日本大学大学院の山本さん。過疎の町の問題はこれからどんどん増えていく。町おこしの計画は、現地の人とコミュニケーションをとって進めていくことが必要だ。活動する人材をどう掘り起こすかという問題も、今後の課題になってくるだろう。

発表のレベルが高く、内容も濃いものばかりだったので、もっと話したいこともあるが、印象の強いところだけを取り上げた。

今回の「つながる」というテーマを実現するためには、SNSもあるが相手の人と対話やコミュニケーションの時間をもつことが一番大切だと思う。

●2019年度OASIS研究・調査支援奨学金制度
2019年度 研究・調査テーマ:「balance~調和~」

【受賞者】
・鹿児島大学 大学院 森 悠真さん ほか4名
ヘルシンキ(フィンランド)における木質構法とサウナ文化に関する調査

・東北学院大学 大学院 浅井 郁明さん
鶴ヶ谷団地再開発計画

・奈良女子大学 大学院 大江 由起さん ほか2名
生活行為と年齢に配慮した照明の調節手法に関する研究

・日本工学院専門学校 渡邊 優さん ほか33名
長く愛される風景をまとめた「大田区のいい風景図鑑」作成プロジェクト

・米子工業高等専門学校 永友 日向さん ほか1名
米子駅前広場サードプレイス化計画

2019年度のOASIS研究・調査支援奨学金制度の授与者と選考委員の本間盛晃氏(左端)。左から2人目から鹿児島大学大学院の森悠真さん、東北学院大学大学院の浅井郁明さん、奈良女子大学大学院の大江由起さん(写真は代理出席の丹後みづきさん)、日本工学院専門学校の渡邊優さん、米子工業高等専門学校の永友日向さん

2019年度のOASIS研究・調査支援奨学金制度の授与者と選考委員の本間盛晃氏(左端)。左から2人目から鹿児島大学大学院の森悠真さん、東北学院大学大学院の浅井郁明さん、奈良女子大学大学院の大江由起さん(写真は代理出席の丹後みづきさん)、日本工学院専門学校の渡邊優さん、米子工業高等専門学校の永友日向さん

OASIS事務局からのご案内

エーアンドエー 教育支援部 OASIS事務局 福原 弘之 氏

エーアンドエー
教育支援部 OASIS事務局
福原 弘之 氏

OASISも11年目を迎え、加盟校は152校、163学科にもなった。OASIS発足当初から社会事情や教育市場が変わってきたこともあり、OASISが提供するサービスの内容も少しずつ変えている。その内容を、(1)新製品、(2)授業支援、(3)最新教材、(4)活動事例、(5)WEB講演会に分けて紹介したい。

まず新製品では、2019年に「student2PRO」を発売した。卒業してもVectorworksを使い続けたい人のために企画した製品で、卒業後、3年以内なら製品・保守サービスともに約40%引きで販売する。A&Aストアのみで扱っている。

授業支援活動として、Vectorworksやプラグインを使った取り組みを行っている。早稲田大学、竹中工務店と共同開発した「SimTread」は避難解析を行うものだ。群衆一人ひとりの動きをシミュレーションする。また東京工業大学と共同開発した「THERMORender」は建物や街並みの熱環境解析を行える。

エーアンドエーでは、これらのプラグインを使った授業支援を行っており、東京工芸大学では両ソフトを使って学生が課題をシミュレーションで解決するカリキュラムを実施している。その他の学校も含めて、去年から9校でBIMや3Dモデリングなどの授業支援を行っている。

最新教材としては、Vectorworks 2016に搭載された「サブディビジョンサーフェス」という曲面作成機能を学生向けに解説するテキストを制作中だ。コンピューター上で粘土をこねるように3Dモデルを作る機能を使いこなせるようにするもので、2019年10月中旬頃にOASISポータルサイトからダウンロードできるようにする予定だ。

新しい活動事例としては、盛岡情報ビジネス専門学校で、VectorworksによるVR体験を行った。画面でCGで見るのと違い、VRだと没入感があり、建物のデザインをよりリアルに伝えることができる。

最後に、2019年8月29日に実施のWeb講演会は、コンピュータ教育振興協会の「Space Designer検定試験」と、エーアンドエーのプロフェッショナルアドバイザー「APA」がコラボレーションし、講師はAPA会員の元東京都市大学教授の河村容治氏が務めることを紹介した。


展示会場報告

講演会場の外にあるホワイエでは、特別講演を行った畝森泰行氏や株式会社バウハウス丸栄が手がけた数々の作品を紹介するコーナーが設けられ、講演の合間に多くの来場者が作品の一つ一つを熱心に眺めていた。

Vectorworksシリーズの展示コーナーでは、建築向けの「Architect」の最新版や、解説本が注目を集めていた。また分科会で講師を務めた原口広氏による著書「VECTORWORKS ARCHITECTで学ぶ住宅設計のためのBIM入門」の展示コーナーでは、見本誌のページをめくる来場者の姿が見られた。

ひときわ目を引いたのは、VR(バーチャルリアリティー)の体験コーナーだった。Vectorworksで作った3Dモデルをヘッドマウントディスプレイや、スマートフォンを利用した簡易型ゴーグルによって、実物大で立体視できることに来場者は驚いていた。

このほか、OASIS加盟校での活動を紹介したパネル展示コーナーでは、他校におけるCAD教育の実例や教材などの実践的な資料から、自校での教育に生かすヒントを探そうとする先生方の姿が絶えることはなかった。

特別講演を行った畝森泰行氏が手がけた作品の展示コーナー(左)。分科会で講師を務めた原口広氏の著書「VECTORWORKS ARCHITECTで学ぶ住宅設計のためのBIM入門」の展示コーナー(右)

特別講演を行った畝森泰行氏が手がけた作品の展示コーナー(左)。分科会で講師を務めた原口広氏の著書「VECTORWORKS ARCHITECTで学ぶ住宅設計のためのBIM入門」の展示コーナー(右)

特別講演会場のホワイエでは、Vectorworksシリーズ最新版や参考書の展示コーナー(左)や、VR体験コーナー(右)が設けられ、多くの来場者でにぎわった

特別講演会場のホワイエでは、Vectorworksシリーズ最新版や参考書の展示コーナー(左)や、VR体験コーナー(右)が設けられ、多くの来場者でにぎわった

OASIS加盟校が取り組んだプロジェクト(左)や、エーアンドエーによる協賛イベントの紹介コーナー(右)

OASIS加盟校が取り組んだプロジェクト(左)や、エーアンドエーによる協賛イベントの紹介コーナー(右)

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エーアンドエーが提供するVectorworks教育支援プログラム「OASIS」は、発足から早くも11年目を迎え、高校や専門学校、大学などでますますニーズが高まる3次元CADやBIMの教育に対応するため、サービス内容も時代に合わせて変化してきた。

Vectorworksを使ったエーアンドエーの教育・研究のサポートも、防災・環境シミュレーションなど幅が広がってきた。学生がVectorworksによって充実した教育を受ける機会を増やし、その実力を卒業後も保ち、企業での実務に生かせるようにする製品、サービスの充実を図っていくためのさまざまなプログラムを実施している。

A&A.Vectorworks教育支援プログラム「OASIS(オアシス)」についてのお問い合わせは
こちらをご確認ください。

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