Vectorworksを授業で活用するOASIS加盟校学生や教職員が一堂に集う夏休み恒例のイベント「Vectorworks 教育シンポジウム」が2023年8月23日、東京・品川で開催された。コロナ禍が一段落し、3年ぶりのリアル会場での開催には、約70人が参加した。学生がVectorworksで制作した作品を競う「Vectorworks Executive Prize 2023」や、学生の研究を支援する「Vectorworksデザインスカラシップ 2023」では、年々レベルアップする取り組みに、参加者の注目が集まった。エーアンドエーやOASIS事務局も、2024年から学生・教職員版のVectorworksを無料化するなど、さらに手厚くなるサポートの内容を明らかにした。
主催者あいさつ
エーアンドエー株式会社代表取締役社長
横田 貴史
15回目となる「Vectorwork教育シンポジウム」をリアル会場で開催するのは4年ぶりで、対面で皆さまにお会いできたことをうれしく思っている。
コロナ禍の3年間は教育現場の皆さまも活動がままならない状況だったと思うが、エーアンドエーもどうしたらVectorworksをもっと教育にご活用いただけるのかを考えてきた。その一つが、ワールドワイドで展開している「Vectorworks University」というトレーニングサイトだ。
教育現場でも、今まで当たり前だった対面型の授業がオンライン変わっていく中で、われわれは、15年前のOASIS設立の元にもなった、「Vectorworksを負担なく活用できるようにする」という本質的な支援ができると感じていた。
外的環境の変化の中において、われわれも教育機関に対する取り組み方を見直し、教育用のVectorworksを無償化するという、新しい後方支援の形っていうのを作っていくことにした。これからの教育現場で、ぜひ活用いただけたらと思っている。
基調講演1 テーマ「BIMとDXと建築情報教育」
一般社団法人BIM教育普及機構 理事
東京工芸大学 工学部 工学科 非常勤講師
森谷 靖彦 氏
今日の講演の前半は、国土交通省の建築BIM推進会議の取り組み、後半は東京工芸大学でのVectorworksを使って実践している、新しい授業の取り組みについてお話したいと思う。
BIMを使って建設DXを担う人材をどう育てたらよいのか。それを実現する一つのヒントとして、私が行っている建築情報教育があると思う。
皆さんの周りにもCADの違いが不明確になっている人がいると思う。BIMには「モデリング」という言葉が入っているので、CADのすごいやつがBIMなんだろうというイメージを持たれがちだが、CADは作図のためのツール、BIMは建物の統合ベースという大きな違いがある。そこで私は授業のなるべく最初のうちから、CADとBIMの違いについて説明するように心がけている。
国土交通省もBIMを普及させるため、4年前ほど前に建築BIM推進会議を立ち上げた。この会議には、私が座長を務めている「BIMによる積算の標準化」という部会もある。国土交通省は、この推進会議を通じてBIMとDXの将来像とそのロードマップを描いている。その目指すところは、BIMを使って建築や都市、不動産を「デジタルツイン化」し、高品質で高効率、高付加価値なものにしていくことである。
BIMを活用してDXを実現していくための人材を育てるのが、建築情報教育だ。多くの企業や建築系大学では、社員や学生に建築士として必要なスキルを主に教えている。そこでDX時代に必要なデジタルスキルの「底上げ」を図るため、学生時代にデジタル教育を行うことが、将来に求められる建設業界のDX人材育成を実現することにつながるのだ。
そのキーワードは3つあると考えている。1つ目は環境工学と建築との融合、2つ目はコストマネジメント、3つ目は環境問題だ。
日本の建築教育は、1960年ごろに建築設計と環境工学が分離し、環境問題を建築設計に反映しにくい状況が続いてきた。そこで東京工芸大学では、座学である環境工学と、紙と鉛筆による建築設計製図をつなぐ“しかけ”を開発した。
2年生前期に環境問題に関心を持たせるため「SDG’s」をゲーム形式で学習した後、3年生前期で環境建築設計について学ぶ「バイオクライマティックデザイン」を履修することで、高まった環境問題への関心を、建物の設計に具体的に反映する方法を学ぶのだ。この授業ではVectorworksとそのプラグインツールである温熱環境シミュレーションソフト「ThermorenderPRO」を使用している。
そして2023年度から試行しているのが、BIMとコストマネジメントの授業だ。実際の建築のデザインは、常にコストとのトレードオフ関係にある。それを学生のときからデジタルツールを使って学ぶ狙いがある。BIMモデルと連携できる積算ソフトを学生が実際に操作しながら、建築積算を行い、コストマネジメントを建築情報処理の観点から教えている。
さらに2024年度以降には、BIMとファシリティマネジメントを組み合わせた授業を試行する計画だ。
経済産業省は、DX時代の人材戦略として、社会人がデジタル技術を学び直す「リスキリング」を挙げている。リスキリングをすることによって、デジタル技術の力を使いながら、社会人が新たな価値を創造できるように、能力やスキルを再開発できるという考えだ。
例えば2023年度から始まった「BIM利用技術者試験」は、その一例となるだろう。Vectorworksも試験に使用するソフトに含まれている。
BIMを使った建築教育で重要なのは、ソフトのオペレーションを学ぶのではなく、BIMを使った情報流通のしくみを教えることだ。つまりモデリングだけでなく、モデルによるデザインと環境、コストなどを連携させたシミュレーションこそ、教えるべきことだ。Vectorworksは、こうしたシミュレーションに向いている。
基調講演2 テーマ「手描きから始まるCAD・BIM教育」
九州産業大学 建築都市工学部 住居・インテリア学科 非常勤講師
株式会社ATKdesign一級建築士事務所 代表取締役 社長
近藤 岳志 氏
今日は3つの話をしたいと思う。1つ目は私が九州産業大学でおこなっている授業について、2つ目はBIMに興味を持った高校生が模型、BIM、実物へと興味を広げ、ついには職業にしてしまった話、3つ目は今後のBIM教育で取り組みたいと思っていることだ。
九州産業大学の建築都市工学部は、西日本で初めて建築、住居・インテリアと都市・土木を総合的に学べる学部だ。その中で、私が所属する建築、住居・インテリア学科は、工学ベースで住居とインテリアを学べる日本唯一の学科である。
CADが普及している現在でも、私は「手描き」を重視している。その理由は哲学者のカントが言うように「手は外部の脳である」からだ。人間の体表面積のうち手が占める割合は10%程度だが、手と指をコントロールするために大脳の35%以上が使われている。
手と脳をつなぐ神経細胞はたくさんあるので、手で物事を覚えていくことは重要だ。それを踏まえたうえで、1年生前期の「実測・製図実習」では、平行定規など手描きの製図用具で2階建て木造住宅をトレースする。平面図や断面図、矩計図、さらには展開図や一消点透視図などを苦戦しながら描いていく。これは学生に二級建築士の設計製図試験やインテリアコーディネーターの試験を意識してもらうためでもある。
手を動かすため、実測にも力を入れている。2~3人で1組になり、実習で使っている製図室や階段の寸法をコンベックスで測り、実測図面を作る作業だ。スイッチのような簡単なものからパンチングメタル、階段の手すりや蹴上げ・踏面まで現物をじっくり見ながらスケッチし、図面化する。スマートフォンで撮った写真を見ながら作図するのは禁止だ。
1年生後期の「設計支援ソフト実習1」では、Vectorworksを使ったCADの授業を行っている。文字のポイント数や線の種類などを意識しながら基本操作を学び、前期で描いた手描き図面をVectorworksで作っていく。学生たちは手描きだとなんとなく描けていたので楽勝と思って臨むが意外と苦戦する。それは細かい部分の寸法もちゃんと入れていく必要があるからだ。最後にパース図をつけて図面としてまとめる。
Vectorworksによる授業での成果は、学生たちはCADが使えるようになり、寸法入力の難しさを体感したことだ。図面のPDF化やTeamsによるデータ提出、プリンター出力も体験した。そして多くの学生がVectorworks学生単年度版 for OASISを購入し、自習に励んだ。
次はBIMに興味を持った女子高校生の話だ。私は愛媛県でのBIMの普及を目指して「Vectorworks愛媛」という勉強会を立ち上げた。そこに参加していたその生徒は、担任の先生を介して私の建築士事務所のアルバイトをしながらBIMを学ぶことになった。
まず2階建て木造住宅の模型作りを生徒と一緒に作って立体的な形を理解してからBIMモデル作りの練習をした。実務も急いでいたので、途中でデータを引き継いだ時には7割くらいの完成度だったがよい形でできていた。その後、住宅は無事、完成した。
完成した住宅の写真を見たその生徒は、自分が作った建物やBIMモデルが実物になったのを見て、とてもよろこんだ。高校生にとっては得難い経験だったに違いない。
その後、その生徒は愛媛県内の高校生を対象にした建築競技設計で愛媛県知事賞を受賞し、卒業後は鹿島建設のBIM部門に就職を果たした。さらに二級建築士にも一発合格したのだ。
今後のBIM教育では、模型をまず作り、完成イメージを作ってから図面やBIMモデルに「戻す」という手順での実習を行いたい。「第二の脳」である手で模型をつくり、マウスを待ってBIMモデルを作ることで、アントニ・ガウディのような「天使の視点」で良い空間が作れると思うからだ。
授与式
OASIS加盟校学生作品 最優秀作作品
Vectorworks Executive Prize 2023
竜馬デザイン・ビューティ専門学校
建築インテリア学科
今西慶樹さん、安東高士さん、西岡一輝さん
作品名 The port of Kochi Wara
オアシス加盟校学生作品集の中から、開発元のVectorworks社が最優秀賞を選び、表彰する本年度の「Vectorworks Executive Prize 2023」には、竜馬デザイン・ビューティ専門学校の「The port of Kochi Wara」が選ばれ、記念の盾と副賞として「Vectorworks Design Suite2023製品版」が横田代表取締役社長から贈呈された。
米国Vectorworks社 CEOのビプラブ・サーカー氏からは「意欲的でかつ革新的な作品だ。ポストモダン建築家のロバート・ベンチュリ氏が『アヒル』と呼んだ動物の形をした建物そのもの。素晴らしい3Dモデリングとプレゼンテーションで、魚の骨のモチーフと港湾の工業地帯、市民のスペースを結びつける構想が素晴らしい」とのコメントが贈られた。
受賞者を代表して竜馬デザイン・ビューティ専門学校 建築インテリア学科の今西慶樹さんは「チームでの制作はメンバー間でのイメージの共有や、方向性を決める段階で大変な部分もあったが、最終的によい作品を作ることができた。ご指導いただいた先生方にも感謝したい。この作品ができたのは、Vectorworksがあったおかげで、イメージしたものを、そのまままっすぐ表現できる、使って楽しいソフトだと感じた」と語った。
Vectorworksデザインスカラシップ 2023
エーアンドエーが2011年に始めた「研究調査支援奨学金制度」は、2020年から開発元のベクターワークス社が主催する「Vectorworksデザインスカラシップ」に移行し、日本国内で最優秀作品に選ばれた受賞者は、その後自動的に世界選考である。リチャード・ディールアワードに進出する権利が与えられる。
Vectorworksデザインスカラシップ 2023は、建築部門とインテリア部門で最優秀賞などが選ばれ、表彰されとともに最優勝賞には賞金20万円、優秀賞には賞金10万円が贈られた。
【建築部門】
審査委員は株式会社SUEP.の末光弘和氏と、株式会社トミトアーキテクチャの冨永三保氏が務め、最優秀賞には東京藝術大学大学院の齋藤悠太さん、優秀賞には信州大学大学院の糠谷勇輔さんがそれぞれ選ばれた。
審査員
<最優秀賞>
東京藝術大学大学院
齋藤悠太さん
作品名 Sailing in the Valley
齋藤さんは「今回の作品は、身の回りに存在する大きなシステムや環境的な側面を、いかに人間の五感を通じて体験できるかをテーマにした。土地のシステムや構成要素と人間をリンクする媒体となるような建築を今後も考えていきたい」とコメントを寄せた。
審査員からは「災害を体験する装置のような建築だが、風の流れから生み出すコンセプトや造形力、プレゼンテーション力、ドローイング力の質が高く、見る側を引き込んでいく」(末松氏)、「説明的な学習施設ではなく、土地の自然の動きを人間の実感に直接訴えかける空間設計が素晴らしい」(冨永氏)とのコメントが贈られた。
<優秀賞>
信州大学大学院
糠谷勇輔さん
作品名 まちを紡ぐ
糠谷さんは「今後、発生が予想される南海トラフ巨大地震の被害を抑制するため、東日本大震災のリサーチを行い、教訓を付加するという方法を試みた。甚大な津波被害を受けた女川町での調査で容易に言語化できない感情や事象を建築に落とし込むところに最も苦労した」とコメントを寄せた。
審査員からは「なまこ壁を思わせるトラスと力強いコンクリートの躯体が生み出す風景は、町への愛着から学んだデザインボキャブラリーを建築に昇華している」(末光氏)、「地域の空間言語の丁寧なリサーチをもとに、まちの居場所としてのプログラムを編み込んでいく提案」(冨永氏)とのコメントが寄せられた。
【インテリア部門】
審査委員は一級建築士事務所 河村工房の河村容治氏と、株式会社モーメントの平綿久晃氏、渡部智宏氏が務めた。最優秀賞には大阪芸術大学大学院の李周南さん、優秀賞には金城学院大学の鈴木亜季さんがそれぞれ選ばれた。
審査員
<最優秀賞>
大阪芸術大学大学院
李周南さん
作品名 「WAVES」 High Involvement -Public Art in The Park-
-あらゆる人々が共に享受できる芸術の森-
受賞した李さんは「芸術とデザインは人間社会において欠かせない要素だ。このデザインを通してもっと多くの普通の市民が芸術に触れ、体験し、芸術が日常生活に美しさと深みをもたらすようにしたい」とコメントを寄せた。
審査員からは「屋内作業・屋外作業・休憩という3つの円形ワーキングスペースが、まるで交響曲のようにアーティストも市民も豊かに過ごせる芸術の森にまとまっている」(河村氏)、「細胞分裂から着想を得た建築群が”曖昧なたたずまい”によって多様なにぎわいを生み出している」(平綿氏)、「一般の人たちにもアートが制作される過程を見せることで、将来のアーティストを育てる場所になる」(渡部氏)などのコメントが寄せられた。
<優秀賞>
金城学院大学
鈴木 亜季さん
作品名 fruit shop& cafe「.fruit」
受賞した鈴木さんは「コロナ禍で店舗に行かなくても商品の購入や食べることができる中、店舗に足を運んでフルーツを体験してもらいたいと設計した。審査員からいただいたコメントをもとに、さらに店舗づくりをブラッシュアップしたい」と語った。
審査員からは「テーマであるフルーツポンチのイメージが、原色とドットでよく表現されている。入ってみたくなる魅力的な店舗」(河村氏)、「フルーツをモチーフにした立体的で色彩あふれる圧倒的なインテリア空間が痛快。作者の主題が“物語る空間”に結実した」(平綿氏)、「フルーツポンチを抽象化した球体を用い、空間全体を一貫したイメージに作り上げた」(渡部氏)というコメントが寄せられた。
<総評>
エーアンドエー プロダクト本部
本部長 木村 謙
たくさんの素晴らしい作品を応募していただいた学生のみなさん、本当にありがとうございます。そしてそれを支えていただいた先生方、審査いただいた皆さまにも心よりお礼申し上げます。
最優秀賞の審査段階では、その先に控えているリチャード・ディールアワードという世界大会で戦える作品かどうかということも協議した。地域によって提案の仕方や教育の仕方が違う。こうした違いや面白さを感じられる点も、このスカラシップの良さだ。
もう一つは、学生らしいアイデアを、自由にのびのびと表現できているかということも、審査の大事なポイントになった。選外になった人の中にも、「もうちょっと表現を工夫すれば面白い提案になったのに」と、審査員の皆さんの興味を引く作品も多かった。今後にぜひ、つないでいってほしい。
われわれエーアンドエーは、デザインを志す人たちを応援していきたい。そして日本一、世界一という作品を目指していってほしいと願っている。
OASIS事務局からのご案内
エーアンドエー 営業本部 カスタマートレーニング部
次長 福原 弘之
2008年にOASISが発足してから16周年、その翌年に始まった教育シンポジウムは15周年を迎えた。この節目のシンポジウムで、新しい取り組みの紹介をしたい。
一つ目はOASISを改変し、2024年4月に、従来の高校や高専、専門学校や大学などを対象にした「OASISアカデミック」と、社会人やリスキリング向けの教育機関を対象にした「OASISキャリア」にわけることだ。両者とも、加盟更新料はすべて無料となる。
二つ目は2024年以降に、Vectorworksの教員・学生向けライセンスを無償提供することが決定した。これまで課題となっていた教室の環境と学生が保有するライセンスのバージョンとの差異による問題点の改善や、オンライン授業で自宅のパソコンでもVectorworksを使えるというメリットもある。また、授業へ学生の個人パソコンを持ち込んだ利用も可能となる。
仕様としてはプロライセンスと同じだが、ご注意いただきたいのが、印刷時に教員・学生向けライセンスであることを示す「ウォーターマーク」が用紙に表示されることだ。
また、教員・学生向けライセンスの使用に必要な承認は「SheerID」を利用する。これはユーザーが学生か、社会人かといった現行の「ステータス」の確認業務を専門とする、国際的なサービスだ。
●Vectorworks教育シンポジウムに関するお問い合わせ
Vectorworks教育シンポジウムに関するお問い合わせは、以下からお問い合わせください。
OASIS(オアシス)事務局
(土・日・祝日除く)
e-mail : oasis@aanda.co.jp