2024年元日の夕方に発生した令和6年能登半島地震で、石川県七尾市では2万4,000棟以上の建物が被害を受け、公費解体事業の対象となった建物は約6,600棟(令和7年12月時点)にも上った。膨大な数の建物を約2年間という短期間で解体する事業の管理ツールとして、七尾市や石川県構造物解体協会、パシフィックコンサルタンツは、ESRIジャパンの「ArcGIS Online」を導入した。その効果を現場からリポートする。
地震によって約6,600棟が公費解体の対象に
2024年8月、七尾市役所の会議室において、市内全域に散らばる膨大な数の被災建物が、被害の程度や公費解体の申請状況等に応じて色分けされた地図が提示された。
「被災建物はこのように分布しているのか」―――地図に載せた瞬間、それまで散らばっていた情報が「現場の全体像」として見える化されたのだ。
令和6年能登半島地震により、七尾市では全壊が約1,800棟、半壊が約9,500棟、一部損壊が約12,900棟の合計約2万4,000棟が被害を受けた。うち、公費解体の対象は約6,600棟に達し、市の行政体制にとって前例のない規模となった。
その建物は数だけでなく、種類や用途、事情が多岐にわたった。例えば、アスベストが使われた建物、多層階の旅館をはじめとする大型物件、鉄道に近接した物件等、専門知識と慎重な解体が必要な物件も多く、事業は複雑さを極めていた。
この複雑な公費解体事業を、従来の住宅地図や書類等の紙ベース、表計算ツールで管理することは限界に達していた。
ArcGISで現場の動きを地図上に可視化
それまでは、事業主体の七尾市や解体工事を担う石川県構造物解体協会(以下「解体協」という)が膨大な情報を個別に管理していたが、情報が分散していたことにより、共有の遅れや重複作業が積み重なるといった課題が顕在化し、現場では日々、「どれが最新情報なのか」を確認する作業に追われていた。
そこで公費解体のマネジメントコンサルタントを務めるパシフィックコンサルタンツは、ESRIジャパンのクラウド型地理情報システム「ArcGIS Online」(以下「ArcGIS」という)の導入を提案し、2024年8月、情報の一元管理が始まった。
パシフィックコンサルタンツは、七尾市と解体協から毎週データを受け取り、ArcGISのデータを更新する役割を担った。関係者はそのデータをオンラインで必要な時に閲覧できるようにした。
この事業を担当するパシフィックコンサルタンツのチーフコンサルタント、上田淳也氏は東日本大震災の災害廃棄物処理事業にも従事した経験を有し、災害時ほど地図が力を発揮することを理解していた。その知見が、令和6年能登半島地震の被災現場でも生かされたのだ。
「紙やExcelで追いきれなかった現場の動きが、地図に載せた瞬間に一望できるようになりました。この時、ArcGISが現場の判断力を根本から変えると確信しました」と、上田氏は当時を振り返る。
建物の個別事情を把握し、円滑な解体工事を実現
公費解体には多種多様な物件が含まれる。例えば、アスベストを使用した物件や温泉地の大型旅館、さらに鉄道に近接する建物、道幅が狭く重機が入れない住宅等、それぞれに特有のリスクや事情が存在する。
ArcGISにより見える化したことで面的解体を可能にしたことが最大の効果であった。公費解体は、申請者それぞれのタイミングで突然届く。解体すべき対象が隣接している場合には、同時解体することで進捗は格段に向上した。
またArcGISでは、物件ごとの細かい個別事情を一つの管理画面で把握できる仕組みを構築した。アスベスト含有の疑いがある建物や旅館等の解体に費用や時間を要する特殊物件は別マップとして表示できるようにした。
さらに鉄道近接物件については、線路中心線から3.5mを敷地境界、そこから5m以内の建物を対象物件としてArcGIS上で抽出した。
従来は現場で確認していた物件を地図上で抽出できるようになり、鉄道事業者との協議が必要な物件を早期に把握できるようになったことで、着手遅延のリスクが大きく減少した。
狭あい地問題でもArcGISは威力を発揮した。重機が入るか否か、どの方向から解体すべきかを地図上で事前に判断できる。そのため現場の担当者は現地に行く前から解体のシミュレーションができるようになった。
「こうした特殊物件は後手に回ると必ず全体工程を押し下げてしまいます。ArcGISで事前に確認できたことで、その後の見通しを確認することができました」(上田氏)。
ArcGISは、「急ぐべきものを見落とさない」ことで、事業全体の工期を短縮する効果ももたらした。
災害廃棄物の仮置場を最適配置
七尾市は、市の東西に3カ所の災害廃棄物(解体廃棄物)の仮置場を設置した。解体廃棄物の運搬車両は一日何百台にも及ぶため、どこに仮置場を設け、どの地区を受け持つかという判断は地区全体の輸送効率を大きく左右する。
そこでArcGISで、対象建物から各仮置場までの距離を計算し、最適な搬入先を検討した。非効率となる運搬を避けるだけでなく、仮置場ごとの受け入れ負荷も考慮して仮置場の割り振りを決定した。
その結果、「運搬時間の短縮」「燃料費の削減」「渋滞リスクの低減」を最適化でき、過度に特定箇所へ集中するリスクを避けた、バランスのよい計画を立案できるようになった。
「仮置場の選定は確保できる場所にならざるを得ないですが、どの地域に仮置場を選定すべきかを考えるに当たってArcGISが根拠を与えてくれました。数字として示せるのは大きな安心感につながりました」と上田氏は説明する。
ArcGIS導入後、事業の進捗は円滑になった。これまで分散していた公費解体の申請情報や工程表、特殊物件の最新データをArcGIS上に反映することで、七尾市も解体協も、同じ地図を見ながら状況確認ができるようになった。
ArcGIS導入後は解体完了棟数が明確に上昇した。情報の可視化によって優先順位の判断が洗練され、現場の滞りが解消されたことが大きい。ArcGISは、単にデータを表示するだけでなく、現場のオペレーションそのものを合理化し、判断の速さを生み出すツールとなった。
ArcGISを活用した今後の災害への備え
七尾市で蓄積されたGISデータは、一度きりの復旧事業における活用だけでは終わらない。被害規模、解体速度、特殊物件の分布、地域特性など、多様な知見を抽出できる貴重な災害データベースとして今後、活用が可能だ。
これは南海トラフ地震や首都直下地震など、将来想定される大規模災害への備えに直結する。災害データベースから得られる情報を平時の情報伝達訓練や災害シミュレーションの演習に活用できるほか、今後の災害復旧に使えるテンプレートとしても機能する。
パシフィックコンサルタンツは、この経験を次なる地域へと循環させ、より強靭な復旧マネジメントモデルの構築を進めていく必要性を感じている。ArcGISは、災害現場で得られた知見を次の災害対応へつなぐ“知の循環”を可能にする基盤でもある。
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