竹中工務店は、試行プロジェクトとしてベントレー・システムズの「iTwin」によって施工現場をデジタルツイン化し、工程管理や安全管理などの遠隔化に取り組んだ。さらにAI(人工知能)との連動で、作業内容に応じた事故リスクや対策をベテランのように回答する機能も開発した。その先進的な取り組みを、竹中工務店の仲川正則氏が、2024年10月31日、東京・品川で開催された「Bentley Systems 2024年 Regional Seminar」で発表した内容をもとに紹介しよう。
施工管理を効率化するデジタルツイン
竹中工務店は、就業者数の低下や高齢化の進行、労働生産性の低迷といった長期的な建設業の課題に対応するため、2030年を目標として建設事業のデジタルトランスフォーメーション実現に取り組んでいる。
デジタル化の取り組みは、(1)すべての業務のデジタル化、(2)業務で発生するデジタルデータの集約・蓄積、(3)蓄積データによる可視化・分析・予測、(4)クラウドを前提としたデジタルインフラ整備からなる。
そのなかで、デジタルツインは、現場や施工プロセスを3Dデータとともにデジタルで再現できる技術で、建設業界では施工管理や安全対策、効率化に活用されつつある。
現場の状況をリアルタイムに可視化し、ネットワークで共有できる、分析・予測を可能にするなどの点で注目されている。さらにデジタルツインは、IoTセンサーやAIと連携することで、現場での課題解決をスピーディーに行え、自動化にも柔軟に対応できる技術として進化を続けている。
そこで竹中工務店では、ベントレー・システムズが開発・運用するインフラ用デジタルツインを作成するクラウドプラットフォーム「iTwin」を使って、作業所(現場)の施工管理業務を効率化するため、(1)工程管理の効率化、(2)熱中症リスクの可視化、(3)AIとデジタルツインの連携による安全管理を目的とした3つのデジタルツインの実現に取り組んだ。
デジタルツインで工程管理を省力化
まずは工程管理の効率化や省力化だ。従来の施工管理ツールは、エクセルの表やデータベースに保存された情報を参照し、工区ごとや協力会社ごとの進捗を手作業で確認している。そのため、全体像を把握するには膨大な労力が必要で、月末ともなると、支払い処理のために集計作業が発生し、現場担当者にとって大きな負担となっている。
また、進捗管理の精度が低いと、作業の遅延や建機や資材などのリソース調達のタイミングや量の最適化が難しくなり、プロジェクト全体の生産性に悪影響を及ぼす可能性がある。
そこで「iTwin」を活用して、建設現場の進捗状況をリアルタイムで可視化できる「工程管理効率化のためのデジタルツイン」に取り組んだ。このシステムは建物全体を3Dモデル化し、各エリアの進捗状況を視覚的に把握できるようになっている。協力会社ごとや作業別の進捗状況も明確に表示されるため、管理者はどの部分に遅れが生じているのかを即座に把握し、対応策を講じられる。
さらに、支払い処理の効率化にも取り組んだ。特定の協力会社や作業ごとの進捗状況を最新データとして出力する機能を追加することで、煩雑な集計作業が簡略化され、作業者の負担が軽減できる。
このデジタルツインには、進捗状況をアニメーションで表示する機能も搭載されている。新築工事では建物が徐々に組み上がる様子が、解体工事では建物が順次取り壊される様子が、それぞれリアルタイムで視覚化される。この機能により、関係者はプロジェクトの進捗をひと目で確認できるだけでなく、次の工程の計画も容易に立てられるようになる。
このデジタルツインは、現場で使われているタブレットやPCとも連携し、進ちょく状況を入力すると、そのデータが自動的にリアルタイムに反映される。これにより、現場作業者と管理者の間で迅速な情報共有が可能となり、現場の透明性が向上する。さらに、建物全体だけでなく、特定のフロアやエリアにフォーカスして詳細な進捗状況を確認できるため、部分的な問題の特定と解決も容易になる。
IoTセンサーとデジタルツインで熱中症対策
近年の異常気象によって、建設現場では熱中症リスクが深刻化している。特に建物の改修工事では、夜間に空調が使用できず室温が高温になるケースがある。施工管理者が複数の現場を兼務する場合は、離れた現場の環境状況を時々刻々と把握し、適切に休憩や水分補給などの指示を出すことが求められている。
これらの課題に対応するため、現場の環境をモニタリングし、リスクを事前に察知できるシステムが求められている。そこで竹中工務店が取り組んだのが、IoTセンサーとデジタルツインを連携させた環境モニタリングのシステムだ。
各現場に設置したIoTセンサーで、温度や湿度、気圧などのデータをリアルタイムで収集し、そのデータをクラウド上のデジタルツインとひも付け、現場全体の環境状況を3Dモデル上で俯瞰(ふかん)的に可視化できる。特定のフロアやエリアの詳細なデータも表示可能で、温度のトレンドをグラフ化することで、環境変化を予測しやすくしている。
管理者は複数の現場を効率的に監視できるほか、作業者に対して迅速に指示を出すことが容易になる。例えば、特定のエリアで熱中症リスクが高まった場合、作業者に休憩を指示したり、水分補給を促したりするアクションを迅速に取れるのだ。
現場のどこかで異常が検知された場合には、自動的にアラートが送信されて、TeamsやSNS、スマートスピーカーを通じて即座に共有されるので、迅速な対応が可能となる。
安全管理者は現場に出向くことなく、遠隔から環境状況を把握できるようになることで、「移動のムダ」がなくなり、生産性も向上すると期待されている。
デジタルツインとAIによる危険予知システム
建設現場では事故の発生頻度は低いものの、一度発生すると工事遅延や中止など、多大な影響を及ぼす。そのため、リスク情報をすべての作業者に的確に周知し、安全意識を高めることが課題となっている。
こうしたリスクの予測は、ベテランの施工管理者の経験や知識に頼る部分が多く、新規の作業員にベテランのリスク情報を効果的に伝える仕組みが求められていた。
そこで竹中工務店では、AIが過去の事故事例を学習し、当日の作業内容に関連する事故リスクを予測したうえで各エリアの進捗状況を直感的に把握できるようにした。再発防止策を提示する危険予知のプロトタイプシステムも構築した。
生成AIを用いたチャットシステムも実装しており、作業者が具体的な質問をすると、AIが過去のデータに基づいた注意点を回答する。ベテランの経験や知識を、どこの現場でも共有し、だれもが使えるようになっている。
さらにデジタルツインとAIを組み合わせることにより、現場全体のリスク状況を視覚化できるようにした。それぞれのフロアで、どの作業がどんなリスクを伴うかを明確に表示することで、作業者自身がリスクを「自分ごと」として捉えやすくなった作業者の安全意識が向上し、事故防止の効果が期待できる。
デジタルツインは、建設業界におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の中核を担う技術だ。竹中工務店では、IoTやAIとの連携により、施工管理の効率化や安全性向上、生産性向上を同時に実現できることを、今回の「iTwin」によって実証した。
今後は、設計や運用フェーズにも様々なデジタルツイン技術の適用範囲を拡大し、建設業界全体の変革を促進する技術としてさらなる進化を期待している。
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