長野県大町市で計画中の土石採取事業で行われた自主的な環境評価「スモールアセス」を担当したNPO法人「地域づくり工房」は、土石採取場や周辺地域をフォーラムエイトのバーチャルリアリティーソフト「UC-win/Road」でリアルに再現。地元住民を対象にした説明会で使用した結果、9割以上の住民が「説明が分かりやすい」と回答した。この取り組みは、2013年9月14日に東京で開催された環境アセスメント学会でも報告された。
NPO法人「地域づくり工房」のウェブサイトで公開されたバーチャルリアリティーのアニメーション。土石採取場と周辺地域をUC-win/Roadで忠実にモデル化した |
土石採取場のリアルな風景に見入る住民
採石作業場での掘削作業、周辺の道路を走行するダンプトラックの列、そして変化していく山の景観―――2012年8月6日、長野県大町市で開催された土石採取事業の住民説明会場に設けられたスクリーンには、フォーラムエイトのバーチャルリアリティー(VR)ソフト「UC-win/Road」で作られた映像が映し出された。
集まった21人の住民は、まるで実際の作業を見るかのようなリアルな映像を食い入るように見つめている。「UC-win/Road」を操作するのは、NPO法人「地域づくり工房」代表の傘木宏夫氏だ。
「汚泥の流出を防ぐために採石場では周囲に壁を残しながら重機で掘削します」「土石を運搬するダンプトラックが周辺の道路を1台ずつ走行する場合と、6台ずつ車列を組んで走行する場合の違いも見てください」と、傘木氏は採石場での作業風景やダンプの走行風景をVRでプレゼンテーションした。
土石採取場から隊列を組んで走行するダンプトラック |
これは大町市で計画されている土石採取事業で自主的に行われた簡易的な環境アセスメント「スモールアセス」のひとコマだ。この事業は11年半かけて140万m3の砕石用原石を採取するものだ。年間の作業日数は250日で、1日に102台のダンプが周囲を走ることになる。
長野県の環境影響評価条例の対象にはならない小規模な事業だが、自主的にスモールアセスを行うことで、よりよい環境保全対策を実行するとともに、周辺住民の理解を得られると期待された。
地域づくり工房は、土石採取事業を計画している地元企業からスモールアセスの依頼を受け、この日の説明会を迎えたのだった。
9割以上の住民が「説明が分かった」と回答
説明会では周辺の気象観測結果に基づいて風向を見える化したり、周囲の町や近くを通るJRの車内から、土石採取後の山並みの景観がどのように見えるのかも再現したりした。そのうち、一人の住民が「うちの家から山はどう見えるのか」と質問すると、傘木氏はUC-win/Roadの視点をその住民の家に設定した。スクリーンには日ごろ、自宅から見ている山並みの風景が映し出され、斜面が一部、切り取られているのが見えた。「なるほど、こんな風に景色が変わるのか」と住民は納得した様子だ。
近くの旅館からの眺望(上)と日照への影響(下) |
すると、次から次へと「うちも、うちも」という声が次々と上がり、傘木氏は一人一人の家からの眺めをスクリーンに映していった。こうした住民とのやりとりを重ねるうちに、傘木氏はVRならではの住民と事業者の間のコミュニケーション効果を感じた。
「説明会後に行ったアンケートでは、『説明は分かりやすかったですか』という問いに対し、回答者20人中、18人が『よく分かった』または『だいたい分かった』と回答しました。実に9割の人が「分かった」と答えたのです」と傘木氏は言う。VRを使った説明で、参加者のだれもが採石事業をはっきりイメージすることができた結果と言えそうだ。
説明会後に行われたアンケート結果。説明が「よく分かった」「だいたい分かった」という回答が90%を占めた |
WEB公開したVRに15件の反響も
地域づくり工房は、同年8月、WEBサイトでもUC-win/Roadで作成したVRのビデオ映像を公開し、事業計画に対する意見を1カ月間募集した。
地元住民への説明会では環境影響に関する意見はでなかったが、WEBサイトに対する意見には、付近の農具川下流のカワシンジュガイや、大町市天然記念物のオオヤマザクラへの影響など生態系に関するものが多かった。また、工事中の騒音や振動、粉じんなどに対する意見もあった。
こうした意見をもとに、地域づくり工房は環境保全計画の修正を提案した。例えば汚泥の流出を防止する対策として採石場の南北2カ所に沈砂池を設け、50年に一度の豪雨にたえられる容量にすること。採石場につながる通路に舗装を施し、ダンプトラックのタイヤの泥落としやタイヤを洗うプールを2重に設けることで車両に付着する泥を除去することだ。
また、騒音対策としては、付近を通る国道148号沿道の住居などに配慮して採石場の北東面に高さ5m以上の小堤を残しなから掘削することで、「防音壁」として機能させることを提案した。
土石の採取後は順次緑化していく。後方の住宅地への騒音対策として、山縁に高さ5mの小堤を防音壁として残しながら掘削するアイデアも得られた |
「VRのWEB公開によって、新たな知恵も得られました。ある大学教授からは採石場の斜面を掘削するときに、凹面になるように掘ることで岩肌を目立たなくできるのではないかというアイデアです」(傘木氏)
これらの提案を採石事業会社に持って行ったところ、コストも特にかからず、すべて実行可能という回答が得られ、環境保全計画は大幅に改善されることになった。
土石採取場付近を通るJR大糸線車内からの眺望。斜面の切り方を工夫して視角への影響が少なくなるようにした |
環境アセスメント学会でも注目集まる
傘木氏は今回のスモールアセスについて、2013年9月14日に東京・千代田区の法政大学で開催された環境アセスメント学会の第12回大会のシンポジウムで発表した。その後に傘木氏が参加したパネルディスカッションでも、スモールアセスへのVRの活用は事業内容を一般住民に分かりやすく説明でき、事業者と住民との間でコミュニケーションを図るためのツールとして評価する声が多かった。
環境アセスメント学会のシンポジウムに登壇した傘木氏(左)と、UC-win/Roadによるデモンストレーションを交えながらの講演の様子(右)。VRによるスモールアセスの事例報告は多くの参加者から注目を集めた |
「法的に環境アセスメントの対象にならない事業でも、その他の法令により、行政の許認可業務を通して環境配慮にはチェックが入る仕組みになっています。しかしそのプロセスは住民には見えにくいため、唐突に事業が始まるという印象を与えて、トラブルの原因になることもあります。こうした問題を防ぐためにも、スモールアセスを自主的に行うことは有効です」と傘木氏は締めくくった。
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