「自ら山を造り、初登頂するのが生き残りの条件だ」
MITメディアラボ・石井裕副所長が研究を語る(フォーラムエイト)
2018年1月13日

MITメディアラボの副所長を務める石井裕氏が2017年12月12日、フォーラムエイト主催の特別講演会で自らの研究生活を振り返った。「独創 協創 競創 未来 Envisioning the Future」と題した講演では、「タンジブル・メディア」になどに関する研究事例から、新たな価値の生成プロセス、そして未来を切り開くビジョンの意義に至るまで、石井氏の25年にわたる同ラボでの実践と研究哲学を多面的な切り口で語った。

フォーラムエイト主催の特別講演会で語るMITメディアラボ副所長の石井裕氏

フォーラムエイト主催の特別講演会で語るMITメディアラボ副所長の石井裕氏

   直感的に理解できる「タンジブル・メディア」

「発案者である私のことを知らなくても、『タンジブル・メディア』という言葉を知っている人が増えてきた。大変うれしいことだ」―――MITメディアラボ副所長の石井裕氏は、特別講演の途中でこう語った。

1980年に北海道大学大学院情報工学専攻を修了した石井氏は、日本電信電話(NTT)勤務を経て、95年10月に米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のタンジブル・メディア・グループ(Tangible Media Group)に招かれた。

「タンジブル」とは、「触ってわかる」「有形の」といった意味を表す。コンピューターのユーザーインターフェースにあるようなバーチャルな画面や映像ではなく、現実に存在するモノを通して、様々な情報を直感的に提供する手法が、タンジブル・メディアなのだ。

MITメディアラボでの25年にわたる石井氏らの研究活動が「タンジブル・メディア」という考え方を生み出し、世界的に認知されるようになったわけだ。冒頭の石井氏の発言は、こうした経緯を踏まえたものだった。

タンジブル・メディアの一例として、石井氏は「手回し式天球儀」を挙げた。太陽を中心に周回する惑星の動きを、人間がハンドルを回すことで再現できる装置だ。ハンドルというタンジブルなものを回すことで、人間は各惑星の動きを体で理解できる。

古典的な「タンジブル・メディア」である手回し式天球儀。ハンドルを手で回すと太陽を回る惑星の動きが再現され、体感によって理解できる

古典的な「タンジブル・メディア」である手回し式天球儀。ハンドルを手で回すと太陽を回る惑星の動きが再現され、体感によって理解できる

「タンジブルでないと人間は理解できない」と語る石井氏は、これまでタンジブルなモノと情報を連動させる数々の研究や作品を発表してきた。

例えば1997~1999年に制作した「Urp」(Urban Planning Workbench)という作品は、建物をワイヤフレームで型どった模型を手にとって動かすことで、建物が地上に投影する影や、周囲を流れる風の流線や風速をリアルタイムにシミュレーションし、建物の周辺に投影するものだ。建物の向きを変えると影や風の流れはどう変わるかを、まるで実物の建物のように体感できる。

「Urp」。ワイヤフレームの模型を手で動かすことにより、影や風の流れがリアルタイムにシミュレーションされ、その場に投影される

「Urp」。ワイヤフレームの模型を手で動かすことにより、影や風の流れがリアルタイムにシミュレーションされ、その場に投影される

また、「SandScape 2003」という作品は、数十センチ四方の砂場に砂の形に応じた様々な映像をプロジェクションマッピングで投影するものだ。

例えば、砂を手で触って砂山の形を変えるとその高さに応じてリアルタイムに等高線が描かれたり、高さに応じたヒートマップが投影されたりする。さらにくぼみや低い部分は湖や入り江のように、水面が現れることもある。自分の手で砂山を変形させた結果を、様々な切り口の情報によって理解できるのだ。

「SandScape 2003」。手で砂山の形を変えると、それに応じて等高線やヒートマップなどの映像がリアルタイムに投影される

「SandScape 2003」。手で砂山の形を変えると、それに応じて等高線やヒートマップなどの映像がリアルタイムに投影される

   「フローズンな材料」から「動く材料」へ

UrpやSandScape 2003などに使用したワイヤフレームや砂は、タンジブルではあるがそれ自体は動かない「フローズンな材料」だ。石井氏の研究はこれにとどまらず、自らが変形する「動く材料」へと進化していった。2012年に発表した「ラジカル・アトムズ」(Radical Atoms)という概念だ。

この概念を具現化したのが「inFORM 2013」という作品だ。30×30の正方形のブロックを個別にアクチュエーターによって上下できるようにしたブロック盤装置と、人間の手の動きを感知する装置を連動させて、材料自体が動いて様々な形を作るものだ。

例えば、人間が水をすくうように両手を合わせると、ブロックもその形に合わせて変形する。ブロック盤の上にボールを置いておけば、それを遠隔操作によってすくったり、転がしたりすることができる。その制御は、人間があたかもボールに触れているかのように行えるのが、タンジブルな点と言えるだろう。

「inFORM 2013」のブロック盤装置

「inFORM 2013」のブロック盤装置

人間の手の動きを感知装置(左)で検出すると、ブロック盤(右)がそれに応じてリアルタイムに変形する●

   物性の違いで「変形する材料」によるデザインも

有形の物体が動くという意味でのタンジブル・メディアとしては、物性の違いによる「変形する材料」もある。簡単な例では、しなる材料に空気圧で伸び縮みする空気袋を取り付けたものだ。空気を送り込めば伸び、空気を抜けば縮む。

こうした物性の違いを利用して「変形する材料」を生かした作品としては、「トランスフォーマブル・アパタイト」(Transformable Appetite)がある。水による膨張率が違う2種類の材料を、3Dプリンターによって張り合わせて作ったパスタだ。

このパスタをゆでると、初めとは全く違う形に変形する。どのように変形するかは、あらかじめコンピューターシミュレーションによって設計することができるので、目的に応じた形が作れるのだ。

3Dプリンターにより、膨張率の違うパスタを張り合わせる作業(左)。変形したパスタ(右)

3Dプリンターにより、膨張率の違うパスタを張り合わせる作業(左)。変形したパスタ(右)

 

コンピューターシミュレーション(左)の通りにゆで上がったパスタ(右)

コンピューターシミュレーション(左)の通りにゆで上がったパスタ(右)

 

ボストンの一流シェフが変形するパスタで作った料理

ボストンの一流シェフが変形するパスタで作った料理

また、目に見えないバクテリアの動きによって変形する「BioLogic」という生地も開発した。ナットウ菌を生地にしみこませたもので、湿度が変化するとバクテリアが膨張、収縮し、その動きが生地を変形させるのだ。

この生地を使って、発汗部分を自動的に開閉し、体温調節ができる服を作った。服の背中などに、この生地で作ったフラップを設けておき、発汗によって湿度が高まるとフラップが自動的に開いて通気性が高まるというものだ。

2015年に開催したMITメディアラボ30周年記念式典で、この生地で作ったコスチュームをまとった男女ダンサーによるデモンストレーションを行った。

バクテリアの活動によって変形するフラップ(左)。MITメディアラボ30周年記念式典で行われたデモンストレーション(右)

バクテリアの活動によって変形するフラップ(左)。MITメディアラボ30周年記念式典で行われたデモンストレーション(右)

   ビジョンを実現する4分野のスパイラル

石井氏はMITメディアラボで研究を始めてから、ビンに詰め込んだ音や声を再生するイメージの「ミュージック・ボトルズ」や、1998年に亡くなった石井氏の母親が死後もツイッター上でつぶやき続けるBOT「雲海墓標」、過去の自分や他人の演奏を実物のピアノで再現する「ピアノの記憶」、絵の具の代わりに実物の果物や生物をスキャンしてCG画を描く「I/Oブラシ」など、数々のオリジナリティー高い作品を研究、発表してきた。

ビンに詰め込んだ音が再生する「ミュージック・ボトルズ」(左)。石井氏の母親である石井和子氏が死後もツイートし続ける「雲海墓標」(右)

ビンに詰め込んだ音が再生する「ミュージック・ボトルズ」(左)。石井氏の母親である石井和子氏が死後もツイートし続ける「雲海墓標」(右)

そのバックボーンとなっているのが、「ビジョン」を創造し、実現していく力だ。

「技術開発においては性能を1~2%ずつ、地道に高めていく『インクリメンタル』な改良も大事だが、全く新しい概念を発明する『ビジョン』はそれ以上に大事だ。技術は1年そこそこで陳腐化してしまうが、ビジョンは100年以上、生き残るからだ」と石井氏は語る。

MITメディアラボでは、アート、デザイン、科学、技術の4分野の専門家がおり、それぞれの分野の壁を越えた議論が常に行われているという。「4分野のアイデアが衝突する環境が大事だ。このスパイラルによって新たな機会が出現し、分野を超えたビジョンが生まれる」と石井氏は説明する。

新しいビジョンとは、なかなか頂上に到達できない“バベルの塔”のようなもので、次の技術開発が目指すゴールとなる。

アート、デザイン、科学、技術の4分野のアイデアがぶつかり合い、次に実現すべきビジョンとなる“バベルの塔”が生まれてくる

アート、デザイン、科学、技術の4分野のアイデアがぶつかり合い、次に実現すべきビジョンとなる“バベルの塔”が生まれてくる

なかでも、アートという要素が含まれているのが、MITメディアラボの大きな特徴のようだ。

「アートの価値は新しい視野をもたらしてくれることだ。そして人の心をつかみ、共感や共鳴を呼び、新しい価値を生み出す」(石井氏)

「私がMITを選んだ理由は、頂が雲に隠れて見えない山があり、そこへ続く道がなかったからだ」と石井氏は言う。「しかし、そこには山はなかった。自分自身で山を造り出し、5年以内に世界初登頂することこそが、MITメディアラボで生き残る条件だと気がついたのは、ずっとその後だった」(石井氏)。

「自分自身で山を造り出す造山力と、それを5年以内に初登頂するのがMITメディアラボで生き残る条件」と語る石井氏

「自分自身で山を造り出す造山力と、それを5年以内に初登頂するのがMITメディアラボで生き残る条件」と語る石井氏

「人間には寿命があるが、未来は無限でビジョンも永続する。われわれが既にこの世にいない2200年に生きる人々に、『何を残したいか』『どう思われたいか』ということを、今こそ考えるべきではないか」と、石井氏は講演を締めくくった。

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株式会社フォーラムエイト
東京都港区港南2-15-1 品川インターシティA 棟21F
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